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2005年10月26日 (水)

私の国語修業・人間修業

「礎石」6月号                  '99.4.22('05.10.26 補足)
続 特集「私の国語修業・人間修業」④             
大谷 和明(道央フリートーク)
 以下の駄文は、5年以上前に、研究集団「ことのは」のサークル内研究誌に投稿したものである。


1.修業の基本は、己の限界に挑むということなり

 仕事量のキャパシティーの限界を感じたというのは、これまでに1度あった。
 中学校教師時代で第3学年を持っていた時である。ざっとこんな仕事をこなしていた。

(1)分掌~生徒指導部 「指導部だより」を発行していた。          
  生活常任委員会のスポンサーだった。         
  全校集会の入退場の取りしきりや説教たれ・・         
  校内外の生活指導全般(出動ありだよ、もちろん)

(2)学年~上の理由で生徒指導を担当(茶髪対策長?!)進路(進路だよりやら集計やら線引以外のあれこれ・・・)いわゆる「○」印で、学年内の実務あれこれ・・学年だより、相談など   
  道徳の担当(当然資料の準備)   
  持ち時間は19時間くらいだった・・と思う。   
  1クラスが40人近くいたなあ~

(3)部活~さすがにスポーツ系ははずしてもらって電子工学研究部(パソコンいじり)

(4)教科~理科(だれも理科だなんて知らないという感じ。本当だよ~)   
  実験があると大変なんだよ~これでもまじめに実験はやっていた。

 この他に原稿書きもしていたし、サークル活動はしていたし、校内研究では毎年研究授業をしていたし・・・ついでの職員体育にも出てたなあ・・・

 この年の1月~2月には、夜の12時近くに帰宅なんてこともザラ・・・
 で、結局毎日をフラフラしながら、どうにか乗り切った。この時がさすがに自分の抱える仕事の量の上限というものを感じた次第である。
 ここまで極端にとはいわないが、修業というからには、精神的に自分を鍛えていくことだから、それ相応の負荷を己自身にかけなければならない。
 これすなわち、自分の限界への挑戦ということになる。現状よりもペースを落とし始めるともとのぺースに戻すのが容易じゃない。
 現状はどうかということこうなっている。

(5)酒井式の札幌支部長(「酒井塾」を主催しているのはご存知の通り)
関連して、支部会報を発行している。これは、全国の支部をリードしていると自負している。(これは、会員の皆さんに支えられてのことだけど・・・)

(6)この鍛国研 札幌支部の会員(大したことしてないねえ。「ことのは」のみんなにおんぶしているなあ・・すまん)
※ 鍛国研札幌ゼミは、現在、「空知ゼミ」へ移行していき、柳谷さん(岩見沢市立美園小学校教諭)を代表として、継続活動してきている。空知ゼミは、鍛国研の全国統括ゼミを野口芳宏主宰から拝命しているところである。(注;大谷)

(7)その小学部(柳谷さんからのお誘い)~それなりに楽しんでます。自分の学校を会場にできるという便利さがよくってねえ。

(8)札幌市教育研究協議会 厚別地区生活科(研究部長)~もう完全に趣味が高じてしまった世界。

(9)もろもろの通信会員(ネットワーク・法則化関係・教育科学研究会・札幌自然科学研究協議会などなどなど・・・)

(10)そして、道央フリートークの代表(イベント屋じゃないよ・・・)

※道央フリートーは、現TOSS/FreeTalk に発展してきている。(注;大谷)

(11) 学校では研究部長だし、学年主任だし、コンピュータのプロジェクトのチーフ
 細かいことをいっていたらきりがない!という感じ。それでも、魔の中3担任時代よりは楽だと思っている。(人間、飯食う暇とクソする暇くらいはだれにだってある!・・なんて強気なことをいっているからね)

 ということで、ことほど左様に自分をいじめるようにしているのが、修業の基本というものだと信じている。

2.国語の修業は・・といえば・・

 これは、宇佐美先生いうところの『エネルギー読み』を意識した実践ですな。
(明治図書より発刊している 教育科学「現代教育科学」に連載されていた「エネルギー論」のことである。注;大谷)

 向山先生の分析批評に憧れ、野口先生の鍛える国語にも惹かれ、子どもをたるませない国語授業を読書と実践の往還を通して進めている。
 とはいえ、なかなか意図的に・計画的に・意識的に実践をためることができていないので、大いに不満。やはり、自分の足跡をしっかり残してこそ、次へのステップ・アップを図っていくことができるものである。これもなんか仕事を減らして時間を捻出するようにすれば、かなり実現できそうな感じがするのだが・・・
 国語の実践修業を取り始めたのは松前時代で、当時の私を知る人は、ほとんど国語教師だと思っている。まあ、それだけ認められていたということなんだろうけどね。(ちょっと、お笑い・・・)
 専ら、物語の読解に力が入っていたから、このスタンスはこれから変えていかないとならないと思う。「気持ちを問う」なんてことはもちろんしていない。向山先生のいうところの「言葉を言葉で置き換えるだけの授業」もしていない。正しい国語の力と思考力を鍛えることを念頭に実践しているところである。
 とかなんとか言ってながら、もっとも大事な読書が鍛国研に集うみなさん(とくにことのはのみんな)とは、比較にならんほど最近すくなくなっている。その分なんらかの仕事に回っているってことだが、その割りには形に残らないことをしているから、どこかむなしい・・感じが・・

3.人間修業・・

 なんていったって自分自身が発展途上もいいところなので、あらゆることが修業途中であるといってもいい。
 結局は自分の人格をみがいていく行為が人間修業だと思っている。
 それで具体的にどんなことが修業になっているかというとこうだ。

(1)みんながいやがる研究部に率先して入っている。私は、学校の分掌の中でも教務と研究ほどクリエイティブな仕事はないと思っているのだが・・・ほかの同僚はだれがやってもこなしていけるルーティンワークを好むのだが、これだ  と頭の活性は図られないと思っている。

(2)それで、授業公開は進んで行う。部長となったら、私がやっていたんでは、他の人がなにもしないなんてとんでもないことが起きたりするので、この頃は、  いろんな人にふっている。

(3)研究部長になったらいつも発行している「校内研究通信」を発行している。とにかく、研究のための取り立ての時間がなかなかとれないので、通信で連絡調整・事前提案をすませておいて、本チャンの会議を効率よくこなしている。 

(4)依頼があったらできるだけ引き受ける。
  最近だと一番大きかったのが、道立教育研究所の道徳口座の授業。
  校内のコンピュータのことに関しても同じ。

(5)ようやく下りたけど、「野郎会」(男の先生たちののみ会の幹事)・・まあ、自分が飲むのが好きだからやっていたという感じ。でも、毎月の集金やのみ会の精算や退職者への記念品選びなどなど見えないところの仕事が結構大変なもの・・それで、和気藹々としたムードを演出できるなら、それで十分役目を果たしていると言える。

(6)いまのところ合同体育(児童134名)のチーフTで、集団の動きを作っている。ホイッスルとチューナブル・タンバリンとでこれだけの子どもたちを一斉に動かすのは、うまくいくと気分がいいが、くずれるとワヤ!?その緊張感の  中で授業づくりをしている。

(7)いろんな研究会・研修会への参加
  だから、どこでも「やあ!また会いましたね」という人がいる。本支部の石川咲恵子さんなんかはそのうちの一人。おたがいにどこでもよくいくなあ・・な  んて思っている(はず)。

 こんな調子で、ほとんど愚痴っぽくつづられてきたが、これが私の日常生活のあらましということになる。
 この他に、日常家庭生活編ともいうべきものがあり、その中でもっとも時間をくっているのが、コンピュータ通信による情報の収集がある。ISDN接続のTA(ターミナルアダプタ)が不調で、インターネットが低速のアナログ接続なので、全然威力を発揮できていないが、もうこのご時世にインターネットははずせない。
 やっている人は分かると思うが、1~2時間なんてのはあっという間。
 ※現在、フレッツADSLとなっている環境下では、隔世の感がある。(注;大谷)

 大学のころ、研究室の暗室に夜にこもって、写真の現像を終えて出て来たら、朝だった・・なんていうのと同じようなあんばい。これで、毎日往復64キロの道のりを通勤しているから、自分で偉いと思っている。朝は7:40には学校に到着するようにしている。

※この生活パターンは現在でもつづいていて、ほぼ6:40前後には、家を出て、国道12号線を南下。現在の勤務校には、7:30には到着している。(注;大谷)

4.「教師修業は果てしなく」

 向山先生の座右の銘である。向山先生のようには行かないが、少なくとも子どもたちにとって少しでも価値ある教師にならないとすまないな~と思うことから始めてきた教師修業である。途中でへたらないようにがんばっていきたいと思う。
 駄文におつき合いいただきありがとうございました。ちょっとは、大谷の生活の匂いというものを感じていただけたかと思う。

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