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2005年12月21日 (水)

1単位時間の「常例」規定は必要か?

これはだいぶ以前に学習指導要領の改訂期を迎えるに当たって、雑誌へ投稿した論文である。
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 平成八年度教育課程改定の動きを追う

6 現場からの提言・学習指導要領のここが不要だ
                                       

3)一単位時間の常例規定は不要だ

                                                              札幌市立信濃中学校
                                                            大谷 和明
1 常例時間以外は「異例」なのか

 ぜひとも言わせてもらいたいことは
┌───────────────┐   
│一単位時間の「常例」規定の撤廃│   
└───────────────┘   
である。
 かつて、教育課程研修集会に参加した時にも参加者(現場教員)と行政側とで常例時間に関わる論争があった。
 そもそも「常例」と規定されると、それ以外の時間設定は「異例」ということになる。
 知識・理解を重点とする旧来の学力観のもとでは、学力と時間(量)と結びつける傾向があった。時間をかければ学力も上がってくるだろうというわけである。
 しかし、かける時間にどこまでも比例していくものではないことは誰しもが分かっていることである。ましてや小学校では小学校一年生(六才)から小学校六年生(十二才)までの幅がある。
 小学校一年生を担任した時、とても四十五分を一つの教科にセットすることが難しいと感じた。子どもはもたないし、飽きるのである。
 「国語の時間に物語の絵を描くとか物語に出てくるお花を観察するために校庭に出かけるとか、合科的な活動をするといいですよ。」という助言をいただいたことがあった。
 授業の乗りが悪くなってきたら、体を動かしてみたり、歌を歌ってみたりする。どこの現場でもそのような学習活動をしているのではないだろうか。
 そうした中で、「常例」にこだわりをもつことはもはやナンセンスであると思うのだが、どんなもんだろう。
 昨今、「新学力観」が言われるようになり、ようやく知育偏重の教育からの脱皮が始まっている。これは、
┌───────────────┐ 
│  「量」から「質」への転換    │ 
└───────────────┘ 
が求められているのだと思う。
 現行の指導要領では、常例以外の設定条件を二つ掲げている。
┌───────────────┐ 
│ ・ 年間授業時数の確保        │ 
│ ・ 適切な計画の立案          │ 
└───────────────┘ 
 さらに前提条件がある。
┌───────────────┐ 
│  教育効果を高める指導方法を工│ 
│ 夫する                        │ 
└───────────────┘ 
 これだけの条件をクリアできるなら一単位時間はこだわりませんよというわけだ。学ばねばならない学習内容が決まっているので、常例時間で行かないと消化できないだろう・・とでも言わんばかりである。ここに、ゆとりを標榜していながら、実際にはゆとりがない原因がある。
 だから、ゆとりを生み出すためには単位時間プラス学習内容の削減のセットが必要となってくる。

2 わずか五分で大きな違いが・・

 「常例」と規定されると教育課程編成も「常例」に従うようになる。ここに、常例規定を撤廃し、四十五分(かつてはこれが常例だったのだが・・)で一単位時間を取ると、次の時間が捻出できる。

 一週三十単位時間があるとして、毎時間五分の時間が浮くので、一週間で
                        5×30=150 分(二時間三十分)
つまり、一週間で三単位時間分の時間が浮くことになる。
 六時間授業の日では下校までの放課後活動に三十分のゆとりが生まれる。 一日三十分・一週三単位時間の余裕は大きい。
 「やらねばならない」ことに追われしかも、放課後にゆとりがないというのが、学校現場の現状である。
 教師も生徒にもゆとりがない状況の打破の糸口のひとつがここにある。

3 「常例」撤廃を支えることは

 学校五日制の完全実施に向けて四週五休から四週六休へと移行しようとしている。
 行事の精選の名前のもとに随分と有意義で子どもたちが望んでいた行事が消えていった。これは、
┌───────────────┐ 
│ 授業日数が減っても、学習内容が│ 
│ 減らずに年間授業時数を確保せね│ 
│ ばならない矛盾の結果生じた現象│ 
└───────────────┘ 
である。しかも、学習状況は過密にならざるをえない。そんな状況では、
「常例」の撤廃はさらに難しくなるだろう。
 したがって、従来にもまして学習内容の見直しや削減が必要となってくるだろう。
 教育行政には現場の声をもっと反映して欲しいと感じる。

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