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2006年5月

2006年5月24日 (水)

『文学教材で何を読み取るか』

これは、もう何年も前に野口芳宏先生の授業を参観させてもらった後で、書いたものである。

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『文学教材で何を読み取るか』~野口芳宏氏の授業参観記~

 私の地元、空知管内で野口先生の授業、それも立ちあい授業がある~この一点で、また私の野口講座受講数が一つ増えた。
 空知の南、由仁小学校を会場として『空知作文教育研究会 事業3 研究授業及び講演』であった。
 授業は『野の馬』(教育出版六年下)、ファンタジー教材である。相手は、会の事務局長の柳谷直明氏。学級の子どもたちはどの子もよく鍛えられていて反応が実によかった。主宰の使われた隣の学級の子どもたちもやる気に満ち満ちた、主体性の高い子どもたちばかりだった。 例によって、素材研究→教材研究→発問研究の手順を踏まえられての授業は、なかなかに緊迫感があり、主宰の巧妙な話術と鋭い切り込みで飽きることなく授業が展開されていった。
 講演『文学教材で何を読み取るか』という題目が、立ちあい授業と関連して魅力あるものだった。
 主宰の主張はいつも明快である。
┌──────────────────────────────────────┐
│  文学とは「人間存在とは何か」という問題を追求する(言語)芸術である。     │
└──────────────────────────────────────┘
 What is a human being? 
 私が、野口主宰の講義や授業を拝見拝聴する理由は、自分が教師であるからであり、それはつまりは、自分の有り様・存在理由をそこに求めるからであると思っている。
 主宰のお話は教育思想・教育哲学があり、そこにいろいろと教えを受けたいという気持ちがあるので足を運ぶ。この日もやはり得るところ大であった。
 文学の授業内容を芸術としての視点から解説されたことも「夕づる」以来の再認識を得るところとなった。
 国語の授業に限らず広く教育実践者としての姿勢を説かれる姿は、さながら「伝導者」のようであり、それを受ける私はいわば「求道者」ということになろうか。
 この日も大変貴重な教えを受けることが出来、幸せだった。Dsc01531

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『海外旅行で鍛える』(野口芳宏著)再読 

これは、かつてサークル通信か何かで書いておいた文章である。野口芳宏氏『海外旅行で鍛える』(明治図書)は、その書名のためか他の著作と比べて売れ行きが芳しくないという趣旨のお話をご当人がされていた。しかし、読んでみるとなかなかにおもしろく、教師修業のための一冊として価値のある著作である。

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                             '97/12/7
『海外旅行で鍛える』再読                  
大谷 和明(道央フリートーク)

1 「ソビエトの『未来』と日本の『現在』」より
┌──────────────────────────────────────┐
│日本人の国際感覚の貧しさがよく言われるが、所詮それは「井の中の蛙」だからだ。│
│広く見て自分を知らねばならぬ。小迫団長が「日本を出なければ日本の屋根は見えな│
│い。外に出て日本の屋根を見てこよう」とあいさつされたが、ことばの重さを感じて│
│いる。p.51                                                             │
└──────────────────────────────────────┘
 『日本の常識、世界の非常識』とは、竹村健一の言葉である。日本のアホさ加減がいろいろな面で露呈されているが、これはとりもなおさず日本の教育の賜物である。欲の皮がつっぱった官僚や政治家、これを利用しようとする財界人、まともに批判行動を取れない哀れな国民・・・みな、これまでの日本の教育環境の中で育てられてきた人々である。さらに、市民性が著しく欠如している未成年者、20才の子どもに象徴される精神的に未熟な大人・・私にとってはどれもこれも腹立たしい連中ばかりなのだが、彼らは今現在、教育されている最中の者たちである。
 本著を読むということは、こんな危機的世情に立って、私たち教職員のあり方を見直す機会ともなる。

2 「日本の英語教育への疑問」より
┌──────────────────────────────────────┐
│(前略)言語教育の根本は、その言語力を日常の中に活用できるという実用性にある。│
│外国語教育はもっと会話に力を入れなければならない。-あるいは国語教育も、もっ│
│と音声言語の教育に力を入れなければならないのではないかと考えさせられた。   │
│p.58                                                                   │
└──────────────────────────────────────┘
 現状の中学英語のテキストを見ると、私たちが学んだ時代の文語調から口語調~会話主体へと変わっていることに気づく。主宰の先見の明ありといったところだ。 「教え方教室」やセミナー、その他論文などの向山氏の言説の中でも、小学校英語の導入について力説されていることであるが、国際化には、英会話の力が必要であることは明白だろう。
 転じて、言語教育としての国語教育についての主宰の視点は、「教室音読」の実践・提案ですでに明らかにされてきている。
 『言語とは、意志伝達の道具である』と、私は自分流に定義している。
 道具である以上使い方によりその効果の如何が左右されるのは当たり前のことである。道具の使いこなしとは、技術のことである。
 日本語の教育をすすめる国語教育で、技術的見地の導入を図っているのが、言語技術教育であるのは、みなさん周知の通りである。
 その急先鋒が野口主宰なのである。
 あらためて「言語教育としての国語」を意識させられたところである。

3 「どこも清潔できれい」より          
┌──────────────────────────────────────┐
│  教育の「限界」を感じる前に教育の「可能性」を信じて、子どもを耕さなくてはい│
│けないと考えさせられた。(中略)子どもと根比べをするつもりで辛抱強く教育しな│
│ければ、教育は実らない。                                                   │
│  教育とは安易なものではないはずなのだ。本来、教育される者よりも、教育する者│
│に苦労が多いはずなのだ。p.71                                           │
└──────────────────────────────────────┘
 現状を嘆き、憂うだけではなんらの進歩も向上も期待できない。
 アクティブ、ポジティブを売りにしている法則化であるが、来年の道央フリートークは更に一歩進んで、
┌──────────────────────────────────────┐
│                      サークルのプロアクティブ化                           │
└──────────────────────────────────────┘
を図っていこうと思う。
 巷間、不況を反映してか教員志望者が増えているが、なかなかなれないのが現状である。そんな中で、教員として勤めていることができるのだから、「さすがだなあ・・・」「憧れるなあ・・・」と思われるような仕事ぶりを示していくことが、私たちには必要なのではないだろうか。しかしながら、「なんであんな人が教師をしているんだろ・・・」なんて陰口をたたかれている者もいるのだということも意識しておく必要がある。
 法則化教師は、教職現場のオルガナイザーである意識も忘れたくないものだ。

4 「こまごまと教えられている」より         
┌──────────────────────────────────────┐
│  幼稚園児の絵画の精密さに驚いた。細かな筆づかい、丹念な彩色、性格な描写、一│
│体どこからこういう力がつくのかと不思議に思った。                           │
│  その謎がわかった。何でもないことだ。絵のかき方を教わっているのだ。もみじの│
│葉のかい方、鳥のかき方、靴のかき方、大きく3~5段階に分けてその形のとり方が│
│プログラムされ、ちょうどレッスンのようにして絵を完成していっている。(中略)│
│  私はつねづね、私の図工教育には「活動があって指導がない」と反省していた。し│
│かし、何を指導するのかわからない私には、手の出しようがなかったのだ。p.72│
└──────────────────────────────────────┘
 この部分を読んで、「これは酒井式を指向していたようだな・・」と感じた。
 この後約四半世紀を経て、主宰は酒井氏と出会ったのである。感慨もひとしおのことかと思う。

5 「実力主義の社会と再履修制度」より        
┌──────────────────────────────────────┐
│(前略)スイスでは本人の力に合った人生の選択こそが最もよいことなのだと考えら│
│れており、コース相互間の優越や蔑視は全くないとのことだった。               │
│・・つまり、日本ではやはり学歴がひとつの無形資産になるのに対して、スイスでは│
│本人のその仕事に対する実力だけが資産であるということだ。p.94           │
└──────────────────────────────────────┘
 いまや日本も学歴偏重時代から、実力主義の時代へと変わってきている。こんな混迷の時代を生き残るためには、やはり自分の力量を高めておかないといけない。 教員だって「親方日の丸」的考えでは勤まらなくなってきている。閉鎖的環境の象徴だった学校は、どんどん「開かれた学校」となっているし、学校・教師への信頼度はかなり怪しいムードに変わりつつある。国鉄・電電公社・専売公社・林野庁・郵政省・・と、いつ公立の学校形態が変わるか分からない時代となった。

6 「1年生でも文字がびっしり」より         
┌──────────────────────────────────────┐
│(前略)英語の武藤先生に啓発されたことだが、国語教育は結局、作文指導の徹底と、│
│多読による語彙の拡充をしてやればよいのではないか。(中略)野口国語の体系づけ│
│てみるようなプランをそろそろもたなくてはなるまいと考えたりもした。p.98 │
└──────────────────────────────────────┘
 ちなみに旅行当時の野口主宰の年齢は、私と同じ39才である。なんという違いか?!とあらためてその偉大さに畏敬の念を抱かざるを得ない。初め、本書を見た時はその文体といい、内容といい現在の主宰の書かれるものと同じなので、つい最近にお書きになったものとばかり思いこんでいたのだが、当時の年齢を知るにいたって驚きを禁じ得なかった。こういう人こそ「四十にして惑わず」事を為せるのであろう。ううむ・・

7 「あとがき」より             
┌──────────────────────────────────────┐
│        読むことは、人を豊かにし、                                         │
│        話すことは、人を機敏にし、                                         │
│        書くことは、人を確かにする。                                       │
│ということを言った人があるそうですが、実践をくぐらせることは人を誠実にすると│
│いうことを加えるなら、「豊かで、機敏で、誠実で、確かな」人たちばかりが法則化│
│運動に参加していることになります。p.252                               │
└──────────────────────────────────────┘
 私もその一人であることを自戒しつつ、これからも主宰・法則化に学んでいこうと決意を新たにした次第である。

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教師力セミナー参加記

5月20日(土) 札幌ファクトリーホールで「教師力セミナー」が開催された。うちのサークルメンバーは10名以上が参加していたようである。何しろ定員500名のところをホールぎりぎりの600名まで収容したとのことである。ものすごい熱気であった。札幌付属小の3年菅原学級の授業、付属中学校生徒&卒業生と教師との対談、TOSSによる模擬授業、「研究集団ことのは」の模擬授業と盛りだくさんだった。

そもそもこのようなジョイントとも呼べるような教師の研修イベントにいろいろな団体から授業者やパネラーをだして、共に学び合うということが画期的なことと思う。

TOSSメンバーにも「ことのは」メンバーにも知り合いがたくさんいて、彼(彼女)らが、これからの北海道教育を担っていくのだなと心強く感じた次第。(ちなみに、付属中の市川教諭は、かつて「ことのは」メンバーだったからよく知っている。)菅原教諭は社会科連盟でたびたび授業者として登場してくる実力者ということで、ごった煮的で味わいのあるイベントだったなと思う。

できれば、これが定例イベントとして定着してほしいものだと思ったのは、私だけだろうか。

写真は、終了後の懇親会にメンバーと写した記念写真。参加できなかったメンバーの分まで、十分に堪能することができたと満足している。Dscn1232

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2006年5月13日 (土)

週末なので、いつもの富良野へ散歩。娘の要望で麓郷のアンパンマンショップDscn1170 へ。富良野市街地へ向かう途中に小野田旅館にて野菜天ぷらそばを食べる。近くに富良野硝子なるシャレたショップが新規開店していたので立ち寄り、ワイングラスを買ってもらう。途中、北の峰を望むと名残惜しそうな残雪が斜面にへばりついていた。Dscn1174 Dscn1175 Dscn1178

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2006年5月 8日 (月)

3版!崩壊しない学級はここが違う

以前にブログで紹介したサークル共著が大変好評で3版ということになった。ありがたい。

と同時に、それだけニーズがあり、それに応える内容だという事態の深刻さをうかがうことができ、多少複雑な思いである。私たちの共著が、悩みを抱える同志たちの救いになれば、うれしい。

早く崩壊を立て直したり、予防策を講じて、教師も子供も住みやすい環境を作り上げて、さらに、すばらしい教育実践を展開してもらえればと願っている。

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2006年5月 7日 (日)

TOSS/FreeTalkのTOSSディ

今回のTOSSディもまた、いろいろと学ばせてもらうことができた。

1)4/22 奈井江会場 学級崩壊を起こさない力量形成について、わがサークルの新刊をもとに講座構成をしてみた。テーマは、「崩壊しない学級づくりの手だて、できた・わかった授業づくり」というものである。

私が担当したのは、序論「学級崩壊を防ぐ学級経営の基本」結論「学級崩壊を出さない教師の力量・教師力向上の手だて」という双括部分であった。各20分ながら、結論は熱弁が高じて大幅にオーバー。ながら、好評を博すことができて、一安心。

2)4/29 岩見沢会場 「学習のシステム化をはかり、基礎学力を保証する授業づくり」

こちらは、ひさしぶりの体育「器械運動~鉄棒~逆上がり」指導の講座を20分。準備運動から場作り、細かな指導技術とテクニカルポイントを織り交ぜての実技講座となった。(写真)屋内体育館で、移動式鉄棒を使ったのだが、サイズが子供向けということもあり、参加者(=大人)には、ちょっと厳しい体勢で参加してもらった。

締めくくりのQ&Aで特別講演を飛び入りで行った。というのも、教員採用試験対策講座への参加者がかなりいたので、その熱意に応えたというものである。今年のキーワードと備えを具体的に語ってみた。

終了後は、かねてから希望していた「ひ田まり」(居酒屋)で打ち上げ。いつもの楽しい呑み会とは一変して、厳しい総轄反省と行動指示が飛び交うめずらしい状態になってしまった。(でも、個人的にはおいしく呑めた)

早くも来年度に向けての意思確認をしながら、二次会へとなだれ込んでいったのである。Dscn1128 Dscn1144

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校内研修会で安藤先生

Dscn1027 元・文部省視学官(前富山大教授)の安藤修平先生を招いて、校内研修会が行われた(贅沢な話である)。

私の認識では国語科教育の一研究者という位置づけなのだが、やはり識見がゆたかで、今回の講演では、ゲーム脳・TV脳のことについても言及された。

子供の脳が変化しているから、それに応じた指導の研究をしなければならないという示唆もあった。

子供の分類に「浮遊ちゃん」「アニマルちゃん」という名称を与えられるところが、元視学官という堅さを感じさせない、アットホームな人柄だった。(※アニマルちゃんというのは、俗に言えば「キレやすい子供」のことである)

今後の校内研究にあたってもいろいろ学ばせていただきたい方だなと強く感じた。

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