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2006年10月 1日 (日)

私の本棚061001

『書きたがる脳~言語と創造性の科学』(アリス・W・フラハティ著 吉田 利子訳・茂木健一郎 解説 ランダムハウス講談社  1,900円+税)

 南中小学校での研究会に向けて読んだものの一つなのだが、こいつがなかなか面白い。そもそもタイトルがそそる。(^_^;)何しろ、南中で頼まれたのが「繊細に書かせる指導の技術」だったものだから、単なる形式指導による作文指導論ではお話にならないのである。”書きたがる”なんてのは、かなり主体性を発揮しているタイトルではないか。
 さて、その一節に「漢字文化」に関わるところがあって、これまた興味をそそられたので、紹介する。本文P.232~P.233である。

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それでは神経学的に言えば、わたしたちはみな完璧に音とスペルが一致するエスペラント語を学んだほうがいいのか?あるいは、・・読字障害のアメリカの子どもたちには音素を表すスペリングよりも絵文字のほうが簡単なことからすると・・みんな中国の漢字を学ぶべきなのか?実際には中国語のような表意文字は、ややこしい音素をもとにした正字法の問題はなくても、ほかの要素があるから学習がもっと難しい。中国の子どもは基本的な読み書きの能力を身につけるのに、音素文字であるアルファベットを学習するよりも数年長くかかる。
 脳の活動における音素文字と表意文字の違いを直接比較できるのが、この両方の書字システムをもつ日本語である。一つは中国から入った漢字で、これは表意文字だから文字のとおりには発音できない。もう一つの「かな」は音素文字で音節ごとに理解される。この二つのシステムは聴覚処理に対する依存度が異なるので、脳のある部位の損傷が一方に影響して一方には影響しない場合が考えられる。実際にそういう症例がある。文字の視覚的イメージを音に転換する際に重要な役割を果たす角回が損なわれると、かな(音節)を読むことが難しくなるが、漢字のほうは問題なく読める。漢字の読みは視覚認知に関わる下側頭回の活動に負っているらしい。二つの正字法をもつ言葉のおかげで、日本人は読字障害という神経学的障害についてはある程度、文化的に保護されていると言えるかもしれない。発作その他の障害で一方がだめになっても、もう一つのシステムを使うことができるからである。
 結論として、書き言葉は話し言葉ほど先天的なものではない。書き言葉と話し言葉にかかわる脳の部位をはっきり分けることはできないようだが、角回はとくに書き言葉の視覚的な面と聴覚的な面の統合を助けていると思われる。あるいは書き言葉は手話のような特異な視覚的言語と考えるべきなのかもしれない。

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>完璧に音とスペルが一致するエスペラント語
とあるが、昔目にしたエスペランド語の本では、ローマ字読みすればいいものだから、こいつは英語を勉強するより楽かも・・・なんて思ったことを思い出した。とはいえ、ザメンホフの夢ははかなく消えて、結局は英語が世界の標準言語になってしまっている。
 漢字+かな文字という二つの識字経路をもつことが日本人にとって神経学的障害に対してラッキーだというのは、なかなかうなずけるところがある。
 脳科学に立脚した言語学という位置づけの書としては、なかなか面白い著書である。

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