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2006年11月

2006年11月28日 (火)

私の本棚061128

『斉藤孝の 速読塾』(斉藤孝 著;筑摩書房 1,200円+税)

速読”塾”なんですね。よくあるのは速読”術”。このあたりからして普通と違う。これは編集者のアイデアなものか斉藤氏本人のものなのか・・おそらく、ご本人のものだろう。速読にもレベルがあって、オリジナルの書評をつけていける力をAレベル(速解力とも言っている)として、そこを目指す”塾”として本書を居続けているということである。

(引用開始)------ 私は、本を読むとき必ず「読んだあと、書評を人に言うのだ!」と思って読んでいます。もちろん書評をいちいち人に言わない方が多いのですが、それでもそう思いこんで読まないと、速く読めないし、正確に読めないというのが私の持論です。 --------- (引用終了)

なるほど、こうやってブログであてどもなく読書記録を紹介すうのも書評の一つとみるならば、速読訓練の一つとして有効であるわけだ。なかなかコメントがつかないけど、毎日アクセスカウントがちゃんと上がっているところをみれば、リピーター氏がいて、多少書評的価値をもって読んでくれているのだろう。ちょいとうれしくなった次第。

この本も以前に紹介した『使える読書』(朝日新書)にあったように、重要部分をゴシックにしてくれているので、そこを拾い読みしていくだけで結構わかる。これらを集めると文中で指摘している「2割読書法」実践となりそうである。いつも即戦力の著作を出してもらえて、有り難いものである。

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2006年11月27日 (月)

私の本棚061127

『大人の知的旅行術』(林望 著;オータパブリケイションズ 1,300円+税)

林さん(通称「リンさん」で通っている)のエッセイはいろいろなところで拝見するが、ささいなことでもこだわりと造詣の深さを感じさせる、なかなか味わいのある文章である。私は、「図書」(岩波書店)を定期購読していて、風呂につかりながら読んでいる。その中に林さんの「旬を食する」というエッセイがシリーズで掲載されている。題名の通り、いろいろな食材についての蘊蓄が綴られるわけだが、これが学術的にも広い!(^_^;)だれもしらないような書物文献からの引用・紹介があってちょっとした博物学の勉強になるのだ。なんといっても「作家・書誌学者」ですからね。

その林さんのイギリス旅行エッセイとなる。何しろケンブリッジの客員教授もしているのだが、お手の物なのだろう。ランドローバーをネタにしたイギリスのモータリゼーションというか車文化について、「大人の自動車」から・・

(引用開始)-------- イギリス人は、田舎に牧場を持たない人がこんな車(ランドローバーのことですね。巨体四駆車として引き合いにしているのです;註 大谷)を乗り回すということはふつう考えない。とりわけ都会に住んで、自宅すらもたない人が、こうした車を買って、町乗りに使うなんてことはほぼ絶無である。したがって、ロンドンの町中で、このような種類の巨大な四輪駆動車が轟音を立てて走り回り、他のか弱い乗用車に圧迫を加えたりすることはまずありえない。これがつまり自動車文化が大人の国のありようである。ひるがえって、我が国は・・・  --------(引用終わり)

ひるがえって・・から先は、検討がつきますね。(^_^;)がたいがデカイだけでも迷惑車両だというのに、あまつさえ、車高をあげたり、はみ出しタイヤを履いたりとトンデモナイ車両改造をして、公道を突っ走っている巨大四駆がいますね。ああいう身勝手な人間があまりにも増えすぎた。日本を憂慮している人は多いんだろうなあ。林さんはそこを指摘したかったのだろうけど、そういうアホ・バカ連中がこの本を手にすることは「絶無」に近いと思える。嗚呼・・・亡国の民だねえ。(^_^;)

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2006年11月26日 (日)

私の本棚061126

『サンカ社会の深層をさぐる』(筒井 功著;現代書館 2,300円+税)

サンカと言えば、三角寛を挙げる人が多いだろう。私も選集を読んでいる。宮本常一もまたサンカについて触れているが、三角ほどではなく、民族学のいったんとして紹介している程度である。サンカの著作物で、筒井氏はマイナーな感じがするのだが、なかなか冷徹な筆致で好感が持てた。

北海道では(とりわけ代々北海道生まれ育ちの道産子にとっては)、被差別部落やサンカにみられる下層に位置づけられる人たちのことを思い浮かべることが出来る人はほとんどいない。知らないのだから、その著作物がめずらしいということもあってか、いろいろ読んできたというわけである。

いやはや、やはり重かった。乞食や世捨て人というくくりだけでは到底説明できない集団(というか群)である。たくましく生きていた人もなかにはいたのだろうが、そのほとんどは社会的隔離の中で生きてきたというのが正しい認識だろう。

サンカって何?という人には、筒井氏の「あとがき」が端的に説明してくれるだろう。
(引用開始)------- 彼らは文字をもたなかった。ちょっと複雑な計算が、できなかった。土地ももたず、家をもたなかった。戸籍ももたず、姓ももたず、墓ももたなかった。雲が流れるようにして日を送り、水が流れるようにして年を重ねていた。自分がいくつか知らず、また気にもかけなかった。病んでも、けがをしても、ただ自然治癒にまかせる。そうして、死ねば、そのへんに放置されていたのである。------(引用終わり)

このところ行き倒れという言葉は死語になっているが、その昔、サンカ集団が散在していた頃には、めずらしいことではなかったのだろう。厭世や諦念という言葉が浮かんできたが、当事者たちは一体どのような意識でその日その日を暮らしていたのかと思いめぐらした次第である。

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2006年11月25日 (土)

私の本棚061125

『旅の民俗学』(宮本常一著;河出書房新社 1,800円+税)

私にとって民俗学といえば、真っ先に宮本常一がうかんでくる。渋沢敬三をパトロンとして全国を歩いた巨人ですね。

この本は、宮本存命中に行った11対談と取材小編一つで作られたものである。
中で興味を抱いて見たのが、松谷みよ子・松永伍一との「旅と伝説に魅せられて」である。

松谷との対談だから「日本昔ばなし」ネタでも登場するかと期待していたら、意外にも生々しいものであった。(^_^;)

(引用開始)----------山の方では近親結婚でいろいろ弊害が出てくるので、胤おろしを求める風潮があります。修験道関係とか、系図師の類とか、遊芸人とかが来ますと、かれらはぜんぜん別の土地の人ですから、この人たちの胤を娘におろしてもらえば、血が新しくなるっていう願いがあるわけです。だから、よそ者は非常に大事にされる。(引用終わり)----------------

いやはや、横溝正史のオドロオドロしい世界を彷彿させるものだ。(^_^;)よくよく考えてみると、こういうこともまた秀吉の太閤検地による農民の土地しばりつけ政策による悲劇の一つなのかもしれない。昔は、夜這いにみられるように性に関しては、結構オープンな文化が日本国内にあったというのも、検地にからんで生まれてきた土着民族存続の知恵だと考えれば、まんざらみだら・ふしだらと断じることはできないなあ・・と、およそ民俗学とはかけ離れたことを考えさせられたのである。(^_^;)

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2006年11月24日 (金)

私の本棚061124

『「超」手帳法』(野口悠紀雄 著;講談社 1,300円+税)

野口氏の「超」整理手帳を使うようになって何年になろうか。片っ端から野口氏の著作を読んできたので、今回のものには、「オオ!」とうならせるようなことがあまりなかった。超整理手帳とのセットで購入した人には、とてもよい手引き書となるだろう。とはいえ、眼を引いたところはやはりある。以下のところだ。
---------------------------(引用開始)
人間の能力はそれほど高くないので、複数の仕事を同時並行的に進めるのは難しい。人間のワーキング・メモリー(短期記憶を格納する場所)は驚くほど容量が少ないので、それを当面の仕事に集中させなければ、能率が上がらないのである。つぎからつぎへと会議をハシゴするような生活に明け暮れては、創造的な仕事はとてもできない。・・・メモが必要なのは、人間の短期記憶能力が弱いからだ。〈「1分前の考えを思い出せないが、30年前のことはよく覚えている」というのが、人間の不思議な特性である。〉

新聞や雑誌の切り抜きで実際に使うものは、私の経験では1割にも満たない。これに対して、メモしたことを利用する割合は、私の場合では、9割を超える。つまり、メモは、切り抜きに比べて費用効率比がはるかに高いのだ。新聞や雑誌にあるのは万人向けの情報であるのに対して、メモは自分だけのための貴重な情報だからだ。それにもかかわらず、「切り抜き魔」に比べると、「メモ魔」の数はずっと少ない。これは奇妙なことだ。
コピーした資料は、余計な情報も含んでいる。つまり雑音がある。雑音は、あとで利用するときに邪魔になる。これに対してメモは自分に必要な情報だけなので、効率的なのだ。・・・インターネット時代に必要とされるのは、「情報を集めること」ではなく、「自分に必要な情報を選別すること」なのである。こうした環境の中で、「自分で書いたメモ」の重要性は高まっている。(引用終了)----------------

なるほど、だ。忘れっぽいのが人間の特性というべきものだからこそ、メモをするべしというわけだ。なるべく、超整理手帳とセットのidea memoも携帯することとしよう。(ちなみ、私の必携ボールペンはPentelのe-ball0.7細である。これとコンビで持ち歩くことを心がけるとしよう・・・)

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2006年11月23日 (木)

私の本棚061123

『アップル・コンフィデンシャル2.5J(上・下)』アスペクト 2,000円+税(両方とも)
(オーウェン・W・リンツメイヤー+林 信行 (著), 武舎 広幸・武舎 るみ (翻訳) )

アップルコンピュータの歴史を綴ったものとしては、かなり重厚な出来映えで、上下巻2冊の分量というのもかなりくたびれた。それでも期待に違わず、刻み続けてきた歴史の舞台裏を克明に綴ってあって、読み応え十分であった。

アップルの製品発表やOS発表といったメインとなる出来事とそれにまつわる舞台裏のこととなると「ヘエ~そうだったのかあ・・」ということを眼にすることができて、なかなかの収穫だった。例えば、・・

昨年、CPUをPowerPCからintelに乗り換えることで持ちきりとなり、今年になって、それがcoreDuo搭載Macとして話題沸騰となっているが、実は、intelを載せる話は1985年からあって、四半世紀も経ってから実現したことが挙げられる。1985年といえば、B・G A・G 0年ということになる。(windows1.0がリリースされた年ということね)後に、OS問題ではマイクロソフトと係争することになったり、資本提携することになったりとなにかと問題事が多かった両社の関係への見方も変わってしまった。(^_^;)とか・・

今年になって、大問題となったソニー製のリチウム・イオンバッテリー発火事故問題が、1995年のパワーブック5300試作機ですでに起きていたとか。内容は、リチウムイオン電池から交流電源に電流が流れた際、過熱し、電池の内圧が上がって破裂したのが原因とある。この年、世の中はwindows95発売で本格的にインターネット時代に突入をした年でもある。アップルは即座にリチウムイオン電池からニッケル水素電池に乗り換えている。まだまだ技術的な問題があったのだろう。それにしても、11年も経てからふたたびソニーの電池発火問題が起きるとは、ソニーはこの間、なにをしていたのだろうか?余談だけど、PS3では大赤字覚悟で販売戦略を進めている。It's the SONYの後ろに、It's bad!とつけられそうである。

そして、ここ数年来のiPod+iTunes戦略の大ヒットへと続いていくわけだ。今や、アップルは業態が完全に二分してしまっていて、そのどちらも成功を収めている。ジョブズよ、あなたはエライ!(私は単なる信奉者なんだけどね)(^_^;)

一度、アップルを追い出されてしまってからのジョブズやNext・ピクサーの動きなんかが全体に彩りを添えていて、読み応え満点の本であった。(ああ、疲れたね(^_^;)

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2006年11月21日 (火)

私の本棚061121

『これは、欲しい』(山口 淳著;阪急コミュニケーションズ 1,700円+税)

フリーライター山口氏の「これは、欲しい」と直感した逸品紹介本。各品物の一部をまず写真紹介して、「これはなんでしょう?」的始まりから、開くと関係グッズが一覧紹介されているというつくり。

どういうわけだか、私は昔から文房具には強い関心があって、こういうグッズ紹介本や雑誌なんかを手にすることが多い。紹介するライターそれぞれの個性やこだわりがあったりするもので、そのテイストを感じるだけでも、結構楽しいものがある。

とはいえ、こういう品物の数々は大体がおしなべて高価である。(^_^;)例えば、ヤーグ・ゲーティエンスの包丁差し。使い古しの焼き鳥串を直径10㎝ほどにもたばねて(その木口?に包丁を刺しておく)バネでしばれば、お手製で簡単に作れてしまいそうなのだが、お値段がナント「17,850円」(^_^;)わたしゃ、買わんね。(^_^;)

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2006年11月20日 (月)

私の本棚061120

『日本の真実』(大前 研一著 小学館;1,400円+税:気がつけばこの当たりの価格帯が多いなあ(^_^;)

早いところ利益確保したいがために、売り急ぐデイトレーダーのような格好で「教育基本法」改正法案が衆議院を強行採決で、参議院送りとなった。今週末 11月25日は、ひさしぶりの10割動員となっての総決起集会が大通公園で開催されることになっている。

大前研一氏から学ぶことは多く、私のサークルでは「大前組」という組織をつくって【大前研一通信】(月刊)を定期購読しているメンバーが15名いる。5名単位で法人登録できるので、会費が4割安くなるのである。お薦め。

その大前氏の著作から学ぶことが多いのだが、これも同じくその一冊。もう、これで何冊になったものやら・・「チープな愛国心こそおかしい」と章立てしている箇所がある。いみじくも愛国心問題で荒れている改正法案である。これを読んでくれているみなさんも自分なりに考えてみてもらいたい。

--------- (引用開始)日本のおかしな点はまだある。建国記念日や昭和天皇の誕生日を国民の祝日にするようなチープな愛国心である。昭和天皇誕生日なら素直にそう呼べばいいのに、「みどりの日」というおかしな言い方をする。そんなことをやっているのは、足を踏まれてイチャモンをつけている連中にほかならない。《註~大谷:  このためかどうかわからないが、来年2007年(平成19年)から4月29日は「昭和の日」となり、5月4日が「みどりの日」と法改正された)天皇の誕生日をすべて祝日にしていったら、そのうちに1年365日全部が国民の休日になってしまうではないか。・・・・ 中略 ・・・・ 要するに、危機に直面すると非常に弱いのが日本の特徴であり、私たちはこの日本人の集団的な欠陥(集団IQの低さ)をしっかり自覚しなければならない。・・・ この集団的な欠陥を克服する方法は、日本という「国」の単位でものを考えるのをやめることだ。今や世界は地域国家の時代なのだから、その単位で考えるようにすればいいのである。日本を10か11の道州に分ければ、同じ数だけアイデアが出てくるだろう。その中には優れたものが1つや2つはあるはずである。要は、単一の解を求めるからおかしくなるのであって、みんなで複数解を競い合えば、日本は強くなると思うのだ。(引用終了)--------

地域国家の時代を象徴している好例は、中国だろう。経済特区が成功して、急成長を遂げている地域が随所にみられる。かたや、北海道を道州モデルとしようという動きがあるなか、結局は中央集権から手放したくない政府の思いが見え隠れしている様子で、ちっとも実現するに到らないのが現実状況である。北海道は、ほんとうにこのままでは第二第三の夕張市が続出してきて、末期ガンの様相を呈するだろう。そうなれば、いかなる薬も効き目がなくなり、ましてや、自力快復なんて全く望めなくなってしまう。職を求めて若者がどんどん道外に逃げ出し、老人自治体になってしまうことだろう。18日に優勝パレードをした日本ハムもいつか北海道を離れてしまうかもしれない。早くなんとかしなければならないのに、危機感があまり感じていないように思うのは、私だけなのだろうか・・・

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2006年11月19日 (日)

私の本棚061119

『世界一の職人が教える 仕事がおもしろくなる発想法~結果が出ない人はいない』

(岡野 雅行著;青春出版 1,400円+税)

痛くない注射針や携帯には欠かせないリチウムイオン電池ケースなどを開発した岡野工業の社長からの聞き書き本のようなものだ。肩書きが面白い「代表社員」。社長でござい!とふんぞり返っていないところの気っ風がいい。中味も若い頃の夜遊びのことや人付き合いのことなど、思いのままに語り尽くす感じがして、好感がもてる。

----------------------------- 「たった六人で、よくそんなにいろんな世界一を生み出せますね」と言われることがある。でも、本当は逆で、たった六人だからこそ潰されずにガンガンものが言えるんだ。ふつうのサラリーマンの人は、「大会社にいるから強いことが言える。中小企業の人間はよそにペコペコ頭下げて仕事もらうしかないんだ」と思っているだろう。冗談じゃない。大会社っていうのは排気量のどでかいクルマみたいなもんだ。いやそんなもんじゃなくて、戦艦大和みたいなもんだ。存在するだけでとてつもない重油が必要なんだ。つまり、いつも巨額の回転資金がなくちゃ、たちまち死んでしまう。倒産だ。うちはたった六人。重油のことなんか気にせずに、大企業相手だって臆することなくものが言える。言うべきことを言えないようじゃ腹が膨れるだけだもんな。それに小さい会社だからこそ、無駄なことにお金をかけないから、完璧な仕事ができる。---------------

ううむ。うちのサークルもこれにあやかりたいもんだなあ。そのためにも、「裸の王様」にならないようにしなきゃだめだなと自戒しつつ読んだ一冊である。

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2006年11月18日 (土)

私の本棚061118

『幸福論』(PHP研究所編 PHP 1,400円+税)

日本の著名人47名による「幸福論」共演の本である。それぞれに含蓄がある文章で、読んでいて気持ちがよくなる。何人か、感動した執筆者の文章を挙げると・・・(===は、私のコメント)

【養老 孟司さん】だから私は、幸福論など語ろうとは思わない。むしろ馬鹿げているとさえ思っています。だって、今思っている幸せと、後から思う幸せとはまったく別のものだからです。今は辛いと感じていても、何年後かには「あのときは幸せだった」と思うかもしれない。逆に今は幸せだと思っていても、後につまらなく思えるかもしれない。今が幸せかどうかなどと考えることは、まったく無意味なことです。そんなことは後になってから自然に分かってくる。それよりも今取り組んでいること、抱えている問題と必死に闘うことです。考えている暇があるのなら、まずは必死に生きてみること。その積み重ねが、後に幸福感へとつながっていくのだと思います。

==== 簡単に自殺を考える若者達に読ませたいものだ。

【羽生 善治さん】才能とは何かと問われれば、「続けることだ」と私は答えます。続けることなど誰にでもできると思うでしょうが、実はこれが最も難しいのです。来る日も来る日も将棋の勉強をする。これがなかなかできない。好きな将棋であるはずなのに、どこかで気を抜いてしまう。一日でもさぼってしまえば、何ヶ月もの努力が無駄になってしまう。この苦しさを乗り越えたところに才能が生まれてくる。そしてその才能を自らが確信できた時に、充実感と幸福感が味わえる。そういうものではないでしょうか。

==== いつも向山先生に言われていることと同じだ。

【大林 宣彦さん】「五風十雨(ごふうじゅうう)」という言葉があります。五日にいっぺん風が吹き、十日にいっぺん雨が降る。これは農作物が一番健やかに育つ気候の条件だそうです。ところが文明の中に生きている我々は「あいにくの雨」「あいにくの風」などという言い方をする。映画の撮影現場でもついつい晴ればかりを願ってしまう。自然界にとって最も幸福な状態を否定したり、あるいは文明の力で押さえ込もうとする。人間は自然の中で生かされていることを忘れてしまっているのです。

==== 教育現場に生きる我々への語りかけとも受け取ることができる。いつも、平穏無事に日々をやり過ごそうとか、厳しい学級を受け持ち無くないとか、子供たちが引き起こす問題事を成長のチャンスと捉えるより、面倒がおきたな・・と、後ろ向きに考えてしまうというようなネガティブな姿勢に喝を入れられた思いがする。

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2006年11月15日 (水)

私の本棚061115

『ヒトは今も進化している~最新生物学でたどる「人間の一生」』(ローワン・フーパー著 新潮社 1,500円+税)

この手の本は、竹内久美子でよく読むのだが、こちらもまたなかなか面白い文章がでてくる。全体的にちょっとペーソスが効いていて、スラーッと読み流せるのだが、一部、長崎女児同級生殺害事件について述べるところがあり、眼を引かれてしまった。”女の子の仕返しは「目には目を」”という部分である。長崎事件の理由は「たぶん報復だった」ということである。フィラデルフィア小児病院の救急医シンシア・モレンは「どんなときなら暴力をふるっても許されるかについての両親の考え方が、子どものふるまいに影響をおよぼすことが、以前の研究からわかっている。」と、報復への衝動は動物の世界ではひろくみられると指摘している。

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(前段略)もちろん、長崎県佐世保市の小学校でおきた事件は極端なケースではあるが、低くみられたことに対する女性の報復事例の一つだとはいえる。(中略)女性が少なくともひとり関わる事件では、凶器がもちだされることが多かったというのだが、でもなぜ女の子のほうが報復することが多い、それも武器を用いることが多いのだろうか?「今回の研究では調査対象を、8歳から14歳までの少年と少女だけに限った」とモレンはメールインタビューに答えてくれた。「この年代の女の子は、過去のいさかいや暴力に対する報復として暴力行為を計画することが、男の子よりも長けていると考えられるかもしれない。・・・たとえば、”軽蔑”は暴力の顕著な引きがねとなりうる。それゆえ侮蔑されたとき、非暴力的に対処するにはどうすればいいかという技術を学ぶことは、子どもたちや両親にとっても意味があるだろう。」

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このところ”いじめ”自殺事件が頻発しているのは、いじめによる苦痛からの逃避行動とみるよりも、いじめられている被害者が報復という不満解消手段を実行できずに内面化しての行動となって表れているのかもしれない。

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2006年11月14日 (火)

私の本棚061114

『海藻フコイダンの科学』(山田信夫 著;成山堂書店 3,000円+税 まあ、一般受けしない本だからね)

フコイダンというのは、コンブやワカメなどの海藻類から出てくる、あのヌルヌルの汁のことである。最近、健康食品としてにわかに脚光を浴びてきている。

読売新聞でも「函館発 がごめの浜」として3日間連載されていた。ガゴメコンブは、コンブの表面に夥しいほどのデコボコを配したような海藻なのであるが、これがまたフコイダンをたくさん放出する。私の認識では、トロロコンブといったらガゴメを使ったものなのである。しかし、いつのまにやらスマートにマコンブあたりの乾燥ものからうすく削りだして作っていたようである。(意外な感じがした)

で、話は健康食品ということではなく、もっと素晴らしい働きについてである。なんと、抗ガン作用があるというのだ。しかも科学的に信憑性が高い。ガン細胞に働きかけて、自然消滅(アポトーシスですね)させるということだ。人間の胎児の手足には水かきがついていて(両生類の段階ですな)、それが成長とともにだんだんと消えていく、あれがアポトーシスだ。オタマジャクシのシッポが消滅していくのと同じだ。

いやはや、大学では海藻研究をしていた者としては、もっと気合いをいれて研究しておけばよかったと後悔しきり。(^_^;)とはいえ、日本は四方を海に囲まれた島国なのだから、知らず知らずのうちの海藻の恩恵を受けていたことが多いと思う。一つひとつをひもときながら、人類発展に海藻が貢献してくれるといいと思う。そのためにも海洋汚染には積極的に関わりをもつことは、人類共通の責務だと再認識したという次第。

コレステロールや血圧低下にも効き目があるということだから、循環器系の弱い方はネロネロ海藻をもっと食べるようにしましょう。

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2006年11月13日 (月)

”L”は、なぜお菓子を喰うのか

映画「デス・ノート~後編 THE  LAST NAME」を観てきた。後半はちょっと拙速な展開で、安易に死に神の存在を知らしめてしまった感じがして残念。もうちっと、構成に頭を使ってほしかったなあ。

それはさておき・・”L”は四六時中いつも甘いモノを喰っている。おそらく、猛烈な推理推論を必要とするため、脳内のエネルギー消費が激しく、唯一のエネルギー源であるブドウ糖摂取をするためと思われる。(ブドウ糖点滴の方がもっと即効性があるのになあ・・甘いものを上目遣いに喰っている方が不気味さの演出効果を高めるためなのかもしれない)

こいつにクレアチンのサプリメントでも併用させていれば、思考能力を爆発的に高めていることを演出させることも可能なのになあ・・などと、ストーリーとは何ら関係ないことを考えながら、年甲斐もないものを観てしまった。(^_^;)何しろ、日曜日だったものだから、私の両側は小学生軍団(しかも保護者なし)だったので、彼らにしても違和感を感じていたことだろう。後ろのカップルたちは私が連れてきているのだと思ったに違いない。(^_^;)嗚呼・・・

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私の本棚061113

『美酒楽酔 飲めば天国』(「世界の名酒事典」編集部編 講談社 1,500円+税)

表紙に開高健・吉行淳之介・遠藤周作の3氏が和田誠氏のイラストで描かれてある。「ああ~、あの世で一杯やってんだろうなあ・・・」などとのどかに感じさせる装幀である。(^_^;)前回も書いたが、サークル例会後の二次会がないと本当に精神的に回復度が足りない感じがするために、フラフラとこういう酒や酒肴ものに手が伸びてしまう。

いろいろな蘊蓄はそれでいいのだが、座談会で一杯やりながらの談話が面白い。脇にウイスキーとチェイサーをつけてちびちび読み進めているといつしかうたた寝しているという幸福なものである。(ああ、平和でよかったね)

終盤、ワイン醸造家にして評論家の麻井宇介氏「酒の戦後50年 我らの「飲みよう」はいかに変わったか」を読んで、少々頭にきた。(氏の文章に腹がたったわけではない。あしからず・・)

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原料米の割当制度の中で逐次増産を続けていた清酒が、戦前の水準になったのは昭和36年である。焼酎の退潮には、清酒の供給が豊かになったこともまた影響していた。そして同様の事情は、昭和35年にピークに達した合成清酒にもいえる。つまり、この当時、入手が容易だった焼酎や合成清酒を飲んでいた酒好きが、清酒やビールに鞍替えし始めたと見られるのである。その一因に、30年代に入って、神武景気、岩戸景気と続く経済の好況があった。飲み手のふところにも余裕ができたのである。

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ここのところ景気がよくなって、企業の設備投資や採用者の増加などいい話が多くなっているわりには、「飲み手のふところ」にはちっとも反映されていないではないか。ビールから発泡酒、そして、第3のビールへと格下げで耐えているところにもってきて、政府やそれさえにも課税しようとして、貧乏人いじめもはなはだしい。いじめは子供世界だけではないのだ(^_^;)。聖域無き構造改革のために、フリーターや非正規雇用者や第3ビール愛飲者の増加を余儀なくしてきた小泉前首相よ!安倍首相よ!早くなんとかしてくれい!!??と心から叫ばずにはいられない今日この頃・・(^_^;)。酔いも覚めるというものですよ、全く・・(^_^;)

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2006年11月12日 (日)

私の本棚061112

『旬紀行』(宮本好則 著;扶桑社 1,667円+税)

このところサークル例会の後の二次会がなく、つまらなく感じている。金曜日の例会もひさしぶりにエネルギー放出度が高かったので、打ち上げて呑みたかったのだが、車で行っていたのでおとなしく帰宅した。そういうことが続いていると、どうしてもこういう書物に逃避してしまうのですな。(^_^;)

春夏秋冬 月々の旬の物をわずかばかりながら、濃厚に紹介してある本なのだが、今月(11月)はうれしいことに北海道 広尾でござった。(^_^;)しかも、ししゃも!私の認識では、ししゃもといえば、内浦湾北部 鵡川産!オスの干しししゃも!!と断言してきたのだが、意外なパンチを食らった気分(^_^;)。

=========  引用  ===============

ししゃもは北海道の太平洋沿岸でだけ獲れる日本固有の魚だ。国内で「ししゃも」として出回っているものの95%ほどは、北極海などで大量に獲れるカペリンという魚。本物のししゃもはカペリンに比べてウロコがはっきりしていて、身がほくほくと美味しいのが特長だ。ことに十勝港に揚がるししゃもは、ピンク味を帯びた銀色が美しい。釧路や鵡川といった周辺の港でもししゃも漁は行われるが、十勝港の水揚げ量は他を圧して日本一なのだ。

========== 引用終了 ==============

はは~!!そうであったのですね。おみそれしました。(^_^;)広尾の隣町、えりも町に5年間も住んでいながら、全然「日本一の水揚げ量」とは知らなかった。悔しい思いである。「アラスカ産ししゃも」なんどとの表記をありがたがって買う人の気がしれない。カペリンは痩せて匂いのしないきゅうり魚のような魚である。ししゃもの風上にもおけない魚なのである。(^_^;)とはいえ、鵡川まで約1時間半かけてすだれ干しを買いにいくことはあるが、さすがに広尾までししゃもを買いにいく元気はないなあ。(^_^;)しかし、この時期、食べたい!(^_^;)それも当然の熱燗で!(^_^;)

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2006年11月11日 (土)

私の本棚061111

『連歌とは何か』(綿抜豊昭 著;講談社選書メチエ 1,500円+税)

5/7/5 と7/7の組み合わせ(逆もある)による競作短歌という認識でいたら、回文連歌というものもあるのですね。こうです。

ながき名やたまのせのまたやなぎかな

きゆるなかとののどかなるゆき

てればみなはる日のひるはなみはれて

月ひとをとここkとをとひきつ

きたかぜやくさばなはさくやせがたき

やどもとをしむむしをともとや

みなれなばむらとりとらむはなれなみ

しげるはのまややまのはるけし

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いやはや風雅ですね。趣向を変えて「なぞなぞ連歌」なるものもある。下の上句は何を言っているのでしょうか?また、下句は何を言っているのでしょうか?

ふる雨の晴れぬるあとや草の露

こゑはうへなる萩の下かぜ

なぞなぞ連歌は中御門宣胤(なかみかどのぶたね)のものが紹介されていた。単なる言葉遊びというよりも知的なパズルという感じで結構でありますな。で、解答です。

(上の句)蕗 (下の句)御器  なのだそうだ。

アクロスティックなんかを学習に取り入れることがあるが、高学年以上ならこういう知的な遊びをやってみるのも結構なことかと思いました。

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2006年11月 9日 (木)

私の本棚061109

『叱らない教師、逃げる生徒~この先にニートが待っている』(喜入 克(きいれ かつみ)著;扶桑社 1,500円+税)

グチャグチャになっている生徒達の実態や教育現場の惨状を読んでいくにつけ、現状の教師への魅力やあこがれを抱けない世相からして、この先、本来夢のあるべき教師を志望する人材が確保できなくなるのではないかと密かに怖れてしまう気持ちにさせられてしまった。

筆者のプロフィールをみたら「プロ教師の会」会員であった。(^_^;)毅然として、正しくないものごとに立ち向かう勇ましさをもって対座する教師は少なくなってきている。上も下もことなかれ主義に徹して、しっかりした責任ある態度で指導する教師が少なくなってきている背景には、教師=駄目な人種という風評を流すマスコミやそれに浸って「そういうものだ」と信じさせられている世の人々が増えてきていることがあるだろう。

決めつけをする保護者や暴君化する子どももらに適切な対処をとれない現場人の力量不足もあるのかもしれない。街中を歩いていると、全く生産性の乏しい若者があふれかえっていて、このさき日本はどうなるのかと心底思うところである。格好を見ればわかりますね。(^_^;)

この時代を軌道修正するには、硬派の教育の復権が欠かせない絶対条件だと強く感じている。

なんだかちっとも書評になっていないなあ、今回は。(^_^;)

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2006年11月 8日 (水)

私の本棚061108

『人を10分ひきつける 話す力』(齋藤 孝;大和書房 1,200円+税)

前回に引き続き、齋藤孝のもの。このシリーズには「書く力」もある。

これを読んでいて気がつくことは、TOSSが進めている授業技量検定の検定項目と同じところがあることだ。

下のF表検定から始まって最高A表までの規準があるが、現在一つの規準として多くの賛同者が挑戦しているのが「D表検定」であろう。その中に、”授業のつかみ 15秒”という項目がある。模擬授業導入時の15秒でどれだけ学習者の学習意欲を高め、関心を引き出すかに授業の正否が大きく影響するというものだ。齋藤の著作にもこれがある。「15秒の話に意味をこめられるか」という項目である。(私も最近SNSでこの点について触れたことがある)

(引用)「意味の含有率」とは、時間あたりの意味の量だ。話に意味を詰め込むトレーニングのために、私は学生に15秒間のプレゼンテーションをしてもらう。15秒の話であれば、話す方もその短い時間になんとか意味を入れようとする。実際、かない聞くに堪える話になる。15秒というと、短すぎて何も言えないと思うかもしれないが、これはちょうどテレビCM一本の時間と同じ長さだ。15秒のCMにはかなりの情報が入っている。となれば、15秒の話でもかなりの意味を入れ込むことができるはずだ。(引用終了)

さらにD表をつながる言葉が「つかみ」だ。大学入学式、2万人の聴衆を引きつけるには、「つかみ」が必要だという主張である。尤もなことである。授業冒頭に聞き手(学習者)を引きつけることに成功すれば、あとの授業展開がスムーズにいくわけだ。講演でもおなじことである。

「つかみの15秒」を絶えず意識して授業に臨むことが大事である。そのあとに続けて、価値ある授業を提供できなければ意味がないけどね。(^_^;)

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2006年11月 7日 (火)

私の本棚061107

『使える読書』(齋藤 孝;朝日新書 720円+税)

脂がのっているというか、今が旬というか何を書いてもヒットしているのが今の齋藤だろう。

自身がインスパイアされた書物からキーワードを当てはめて随想し、お得意の「声に出して読みたい」一文を紹介している興味ある一冊だ。

私が一番、「オッ!」と思ったのは二色刷構成となっているところだ。黒にスカイブルーの印刷が施されてある。

なかでも「序論 取扱説明書」となっている緒言部分だ。スカイブルーの文だけを拾って読んでしまうことができるというものだ。いわば、三色ボールペンがそのまま応用されてしまっているわけだ。例えば・・・

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ブログの巧拙の鍵はやはりスタイルにあり

「面白かった、つまらなかっただけの感想を書く」という段階はいつか壁にぶつかる

こき下ろそうと思って言っているコメントは間違うことが多い

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etc.(^_^;) 私のことを言っているんですかね。(^_^;)という具合である。

続く本編では、各項タイトル下に一言コメントをスカイブルーで記し、声に出して読みたい一文の枠をスカイブルーで眼を引くように作ってある。隙間時間の拾い読みで十分なのだが、結局一気読みさせられてしまった。

目の前で本人がアナウンスしているような軽妙な文体もまた疲れたときの抵抗感を取り除く効果があり、読みやすい一冊である。

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2006年11月 6日 (月)

私の本棚061106

『膨張中国~新ナショナリズムと歪んだ成長』(読売新聞中国取材団著 中公新書 740円+税)

5月に買った本だが、移動中に拾い読みするためにセカンドバッグに入れっぱなしとなっていて、ようやく読了したという感じ。

中国は開放経済によって驚異的な成長をしている最中で、日本もまたその特需の恩恵に浴しているところだ。(その割に庶民の懐まで浸透してこないあたりが、昔の特需景気と違うところだなあ。戦後日本が朝鮮戦争特需でド~ンと発展したころとは比べものにならない。これは構造改革路線が社会に平等に富の分配が行われないという新たな構造を生んでしまっている象徴的なことだろう)

政治は中国共産党が実権を握っていて、その独裁体制を維持するために市場経済原理を完全に導入するわけにはいかない隘路が様々な現象として散見される。最近では、天安門事件が最も象徴的な事件であったが、今後もこういう内紛は生じてくることだろう。

さしあたって、農村部の貧困層からの暴動が起きないのが不思議なくらいである。きっと、政府が抑止しているのであろう。日本だって、貧富の二極化現象が進み、今後はアメリカと同じ過程を変遷していくことになるのだろう。(実際、いたるところでアメリカで起きてきたことを繰り替えている。だから、日本の未来モデルがすでにあることに日本国民は気づくべきである。そうならないところに、国民の愚民化政策が奏功しているのだと言える)

中国を取り巻く諸国や経済圏の動き、政治のからみなど認識しておくべきことが書かれている一冊だ。

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2006年11月 5日 (日)

私の本棚061105

『ビル・ゲイツの面接試験』(ウィリアム・パウンド・ストーン著 青土社 2,200円+税)

(引用)マイクロソフトの採用の焦点は、未来形にある。経験のある志望者であっても、力点は未来形にある。(引用終了)

シリコンバレー一帯の企業群やマイクロソフトや関係者および関係企業の採用人事の話で構成されていて、これまた面白い。表紙には「富士山をどうやって動かしますか?」なんて刺激的なことが書かれてある。

IT企業の発展は一にも二にも「人材確保=頭脳確保」にかかっている。これはベンチャー企業や研究所では、どこでも同じなことであるが、とりわけ、ソフト面はアイデア勝負で巨万の富を築くことができるわけだから、技術鍛錬によって企業価値を維持してきた、日本の中小企業とは根本からしてことなる採用方針であるわけだ。

(引用)採用実務で最大の関門は、頭はよくても何もできない人と何かはするが頭は良くない人とを特定することだという。競争力が問われる業界にある会社は、これら両種の人を避ける必要がある。(引用終了)

頭が良くて何かをする人を採用するのは当然である。頭が悪くて何もできない人はそもそも書類で落とされる。のこりの人種がどちらのタイプかを峻別することが人事で求められるというわけだ。ちなみに、何かはするが頭は良くない人は、《他の人が後で尻ぬぐいをしなければならなくなる》であり、頭はよくても何もできない人は、《誰にも言うことを聞いてもらえない》のだと言う。痛烈ですね。(^_^;)自戒の言葉としておきましょう。

関連して面白い記事を見付けました。

http://pheedo.nikkeibp.co.jp/click.phdo?i=91a61ed3e2076fa5283f087ac234a688

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2006年11月 4日 (土)

私の本棚061104

『師道』(小原國芳 玉川大学出版部 800円=昭和49年当時)

教師であるから最新情報入手を優先して、先見性を鍛えるように努めている。これは「流行」部分を核とする読書であるが、もう一本対極して大事にしているのが「不易」の部分。そして、こちらが教師としての信念を支える大黒柱となるところなので、ときどきメンテナンスとして読むものがある。例えば、『修身教授録』(森 信三)である。

『師道』もまたそれに準じる書籍という位置づけである。玉川学園創設者にして初代大学総長である筆者の教育への熱望が綴られているものである。

北海道でも玉川大学卒業生で教職に就いておられる方々が多い。私みたいにフラフラしたところがなく、芯がしっかりしている方が多いのは、教員養成課程を擁する大学の使命として風土が定着しているからなのだろう。

「教師たるもの、天下一等の人である誇りを持つべきです。」・・・ううむ、重い(^_^;)。誇りなど持ち合わせていない者がいかに多くなってきているかを実感している昨今。こういう書物をテキストとして、大学で1単位くらいで必修としてみてはどんなものだろうか。もちろん『修身教授録』は第一にしてもらいたいものだ。

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