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2006年12月

2006年12月26日 (火)

私の本棚061226

『バイアスを排除する 経営意思決定』(マックス・ベイザーマン著;東洋経済新報社 2,800円+税)

私はしばしば授業において、学習者である子どもに適正な付加を与えよということを言ってきている。そこで使うのが「バイアス」という言葉だ。(理系出身なので、ついつい使い慣れた言葉が出てくるわけだ)

経営意思決定にどのようなバイアスが働き、適正な経営判断をしてくべきかということを伝授しているのが本書である。その中に興味深いことが載っていた。

(引用開始)----------バイアス1  思い出しやすさ(鮮明性と新しさによる)
問3 米国における毎年の死因で多いのはどちらか? a 胃ガン  b 交通事故
多くの人々は交通事故のほうが多いと考えている。実際はこの信念とは逆に、胃ガンによる死因は交通事故の2倍以上である。これに続けてラソとシューメーカーは、1年間で典型的な日刊紙に載った交通事故による死亡記事は137回、胃ガンによるものはたった1回だったと述べている。出来事の頻度についての認知はメディアからの事例の利用可能性によってバイアスを受けることがよくある。
 日々の重要な意思決定も鮮明な情報に影響されやすい、。----------(引用終了)

露出頻度が高くなると必然的に注目度があがる。肝心なのは、背景にある実数把握にある。出された物事に素直に受け入れる前に、出典もとやその発信日時にも気を配っていく必要があるだろう。

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2006年12月25日 (月)

私の本棚061225(クリスマス)

『船橋洋一の 世界を読み解く事典』(船橋洋一著;岩波書店 3,000円+税)

クリスマスとはなんの関係もない本(^_^;)。2000年に出版されたものだが、21世紀の世界を眺めていくベースとするにはうってつけの本だろう。船橋氏は、朝日新聞の特派員としてジャーナリズム畑を歩いてきているだけに、政治・経済と幅広く論壇にたっている感じがする。

事典というから、いろいろな事象・現象に分かって書かれているのだが、中にはハテナと思わせることがある。
ミス・リトル・コロラドこと「ジョンベネ・ラムジー事件」である。今年容疑者が逮捕されたと報道されたが、どうも誤認逮捕のようである。この事件は、犯人捜しの推理問題が先行して、なかでも両親(またはどちらか)が犯人なのでは?と、マスコミをあげて報道狂騒を呈したのだが、潜行してしまったとはいえ、やはり一番の問題点となるのは、こんな子どもを食いものにするような社会形成にあるだろうと考えている。

おそらく船橋氏もどうように感じて掲載項目として扱ったのであろう。(引用開始)---私はというと、やりきれない気持ちでいっぱいだ。米国社会の醜いところが露出していると思う。----(引用終了)

こういった社会のゆがみが異常殺人事件という著変現象として噴出してきているのではないかと思っている。

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2006年12月24日 (日)

私の本棚061224(クリスマスイブ)

『心に残るとっておきの話』第九集 (潮文社編集部編;潮文社 1,456円+税)

なんとも落ち込むことがあるとこういう書物が救いの一つとなる。
つらつらと読み進めるも、結局一番印象に残っているのが、最初の「奇特な小学一年生」という話。

車いすの人に、さりげなく、全くごく自然に介助の手をさしのべる一年生(小学生ですよ(^_^;)の話である。
一体どういう親・家庭からこのようなお子さんが生まれてくるのかというほど、感動する。
世の中の子供たちがみんな彼(サトシくんという)のようなら、文句なしに世界の恒久平和というのが実現していくだろうと思える。
邪念がないというか、さしでがましくないというか、自然体で心の趣くままに接遇していける天使のような子どもだと思った。

平成12年8月に掲載ということだから、6年が経過している。サトシくんは、中学一年生となっているはずである。どんな中学生となっているのか、会ってみたいものだと思った。

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2006年12月23日 (土)

私の本棚061223(天皇誕生日)

『書店ポップ術』(梅原潤一著;試論社 1,800円+税)

著者は有隣堂ランドマークプラザ店フロアマネージャーで、つまりは、書店の店員さんである

書店の平積み書の上や前にはポップが掲示されていて、購入意欲をかき立てられる語句と模様が踊っている。
かつて、教育研修会で書籍販売をする際には、このポップがいかに重要かということを教えられたことがある。
単にお得だとかスゴイ!だのという当たり前の文句ではだめだということである。

書籍写真とそのポップを見開きで解説しているのであるが、なかなか研究されているんだなということがわかった。 装飾線や縁取りの工夫や色遣いなど総合的な「ポップ見本帳」という感じである。

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2006年12月18日 (月)

私の本棚061218

『さつよ媼(おばば) おらの一生、貧乏と辛抱』(石川純子著;草思社 1,900円+税)

私の亡くなった祖母は、上磯(現在は、隣接する大野町と合併して北斗市)生まれだったものだから、語り手の早園さつよさんのしゃべりがじつによく分かる。さつよ媼は宮城県の現登米市生まれなので、方言に違いがあるのだが、ほぼ解読できる。(^_^;)こんな調子だ。

(引用開始)---------おら、西東わかるようになるや、袋っこ持って、町の米屋さ買いにやられたんだよ。おら、みな、正直かたるから。その米こだって二升や三升買って来るのだから、あらや、こればかりの米こ、四人も五人もして二日も食ったら、あと、なんじょすんだべって、六つ、七つからそんなこと案じてたんだお。(引用終了)

聞き書きであるから、全編この調子である。こういうのは活字ではなく、録音でじっくりと聞いてみたいものである。
とにかく苦労話ばかりが語られている。昔の人はみんな貧乏だったというが、とりわけさつよ媼はダントツの貧乏という感じがする。本人も「”おしん”以上」と言っているから、想像を絶するものがある。

無くなった私の祖母の家は、「わらじ脱ぎの家」だとよくいっていたから、まあ貧困がひどかったわけではないようである。この祖母が言っていた言葉に「ためる工夫より使わない工夫」がある。昔の人は含蓄ある生活訓があるものだ。さつよ媼は次のように言う・・

人を助けて我が身助かる
雪と欲ぁ、積もるほど道を忘れる

もちろんさつよ媼のオリジナルの格言ではなく、日本国内いたるところで言われていたものであろうが、含蓄のある言葉だ。「おばあちゃんの知恵袋」というものがあるが、この本からだけでもピックアップして本にできるかもしれない。
いやはやそれにしても、こんなに苦労して生きてきたというのが、切なくなるばかりである。

今は殿様だ・・という言葉に、わずかながら救いが得られた感じがした。

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2006年12月13日 (水)

私の本棚061213

『鶴太郎絵日記』(片岡鶴太郎著;毎日新聞社 1,700円+税)

絵を描くタレントは多いが、私はその中でもたらし込みを使う鶴太郎の絵が格別に好きである。素朴でてらいのないところが好きなのだ。添えられてある書もまた、なんともいえず味わいがある。

その中でもとりわけ私の現状を象徴するような文章があったので、紹介する。

(引用開始)-------------故中川一政さんの著書によると、人が目で見ることが「見」、手をかざして、手に触れて、手に当ててみると「看」という字になる。「志」という字は「士」と「心」ではなく、本来「之」と「心」の組み合わせ。つまり「心のゆくところ」という意味になるそうです。
先日、私の著書「鶴のおんがえし」を出版した冨山房の社長、そして奥様、お嬢さま、スタッフの皆さまと会食した際、奥さまが「義」という字の意味をお話して下さった。「義」という字は「羊」と「我」の組み合わせ。羊という動物は、毛も肉も命もすべて人間にどうぞお使い下さいと身を捧げている動物なのだそうです。
つまり「無欲」「無我」なんですね。その羊に人間の「わたくし」つまり「我」をつけて恩義の「義」になると。
----------(引用終了)

これが何を象徴するのかは、ご想像におまかせします。
さて、さらに自分の信じるところを歩むことに関する文章もあったので、それも紹介。

(引用開始)----------絵を始めて、僕の物真似の芸が役にたつことに気付きました。物真似って切り口なんです。例えばマッチや浦辺粂子さん、近藤正臣さんの物真似をする時、もちろん声帯模写で「コンドーです」とか声を真似するけれども、それプラス僕が相手にどう感じたかということを表現しなければ芸にならない。絵も一緒。モチーフに対して僕が感じたものをどう表現するか。それが絵だと思うんです。他の人が描いたものをなぞっても面白くない。それは僕が思う絵とは違うような気がする。振り返ると、そういうことって自然が教えてくれたように思います。虫も花も、どれ一つとっても全く同じ物ってないじゃないですか。皆それぞれオリジナリティを持っている。誰のものでもない、自分のもの。その自分を正直に出せればいいんです。-----(引用終了)

ううむ。味があるなあ。(^_^;)

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2006年12月 4日 (月)

私の本棚061204

『箱館戦争写真集』(菊地明・横田淳著;新人物往来社 2,800円+税)

箱館戦争は明治初期のことであるから、初期の銀板カメラしかない時代だから動きのあるものを撮影できるわけがない。したがって、当然戦闘の様子を撮影したものはなく、戦争の史跡を中心とした構成となっている。
函館出身で松前で教員をしていたので、撮影されたり解説されているところで知っているものが多かった。もっと足を運んで自分で見ておけばよかったと残念な思いである。

榎本武揚率いる戦艦の動きは、大規模なことであったから、歴史書物で読んだことがあるが、著名な史実書では登場しない人物たちの解説を新鮮な思いで読むことができた。
五稜郭公園は、私にとっては遊びの場でしかなかったのだが、離れてみるともっとつっこんで勉強しておけばよかったと後悔しきりである。有田和正氏は、函館の講演会で「私が函館にいたら五稜郭を教材にしていたであろう」と語っていた。地域教材として価値ある事だと思う。

ふるさとは遠きにありて思うもの・・嗚呼(^_^;)。

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2006年12月 3日 (日)

私の本棚061203

『生命(いのち)継(つな)ぎの海』(立松和平著;佼成出版社 1,700円+税)

『海の命』(立松和平著;光村図書6年下に所収)の授業をすることになっているので、ピ~ンときて手にとってみたら、やはりありましたね。(^_^;)『海の命』を授業する人なら教材研究用に読んでおくことを薦める。

この教材は、もう5年前に夕張市立清水沢小学校での研究会に講師として呼ばれるのを機会として、事前検討に3回ほど訪問して、いっしょに教材研究協議をしたことがある。もちろん、100回の素読は行っており、しかるべき教材研究をして臨んだわけだが、自分の主題解釈が妥当であったことを改めて確認することができた。

たまにこういうタイムリーヒットする本にでっくわすことがあるので、アンテナを高くしておく必要がある。ところで立松氏が以下のように書いている。

(引用開始)------ 疑問をぶつけ合い討議するのも教室という場所なのでみんなが考えてくれているのだろうが、それでもどうして殺さなかったのかという問いに答えてくれという手紙が私のところに送られてくる。作者に尋ねようとするのは、どうしたって安易ではないだろうか。 ------(引用終了)

ご尤もである。作品のクライマックスで主人公の太一が父の敵と思われる巨大クエに遭遇し、殺すことが可能であるすんでのところで思いとどまる場面がある。なぜ殺さなかったのか?教えてくれ・・というわけだ。

授業者としてはここに一番の価値があるわけで、子どもならともなくとして、教師たるもの、自分の解(=解釈)をもって授業を組み立てるところにこそ存在意義があるのである。教えてもらった主題を注入するような授業にしてしまっては価値半減といわざるを得ない。

私は、輪廻転生や因果応報、さらに自然摂理の自覚ということをテーマ(主題)として捉えたのであった。満足満足。さて、5年ぶりの授業構築がこのあと待っているわけである。

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2006年12月 2日 (土)

私の本棚061202

『薪割り紀行』(深澤 光著;創森社 2,200円+税)

いやはや薪に関することだけで、こんなに書けるんかい?!と笑ってしまうほど充実している。
薪ストーブは私も小さい頃に経験があるのだが、当時はスチール製のものが主流で、生活密着型のものだから、情緒に欠けているものだった。今は、輸入モノが豊富で、品揃えも多く、何よりも燃える炎を眺めていることができるところがよろしい。そして、当然のごとく高価(^_^;)。私の後輩に「趣味は薪割りです。」というのがいるが、この本を読んでいると、分かる気がしてきた。筆者の深澤氏はスイスで薪割りにはまったと言っているが、私の後輩もまたブリュッセル在住3年の経験があるからして、ますます薪割りストの意識を高めたに違いない。(^_^;)

終盤、アメリカから暖炉職人を招いて煉瓦のヒーター造りが紹介されているが、これが圧巻。(^_^;)内側に耐火レンガ、それを取り巻くレンガと漆喰となり、この「二重構造」が熱効率を高めているとのこと。なるほど、寒さの厳しい地方でペチカがあるわけが分かった次第である。

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