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2007年2月

2007年2月26日 (月)

私の本棚070226思考ツール「図解」

『実践!仕事力を高める 図解の技術』(久恒啓一著:ダイヤモンド社 1,400円+税)

FreeTalkではちょくちょく紹介されている久恒氏の著作。3年前には研究会で、国語教材「海にねむる未来」をつかった《図読》の模擬授業をしたことがある。もちろん、研究会に先立って、5年生の学級を借りて事前授業をして、その有効性をつかんでおいた。読みとしての「図解」は一種の《要約活動》である。講演内容のポイントを聞き取ってメモをとるようなイメージである。その逆に、話すポイントを書いたメモを元にして話せば、内容を伸展させて講演できるというわけだ。図をそのまま示せばプレゼン資料になるというわけだ。
将棋の羽生氏(当時七冠)のエピソードが面白い。(
羽生の話

(引用開始)------- 将棋ではかつて「読み」が大事だった時代があった。次には「読み」以上のもの、つまり「勘」がもてはやされた時代があった。そして現在は、「漠然としたイメージ」が大切になってきた。
これからは幾何学的思考、図解的感覚が必要になると思う。

さらに、「勝てそうな将棋になる場合には必ず美しい形になる」とも発言しています。そういう美しい形になるような将棋を指そうとすると、結果的に勝ってしまうのだそうです。 -------(引用終了)

これはどこかで私も聞いたような気がする。数学や物理の世界では真理はいたってシンプルで、「シンプルイズベスト」というところがある。例えば、相対性理論で有名になった E=MC2(二乗) という公式である。
羽生の話の延長に、竹内久美子的な部分があって、これがまた面白い。

(引用開始)------  「なぜ男は美人が好きになり、女は美男が好きになるのか」という問いに学者が応えています。美しさとは、進化の過程で最も動物的な顔から遠い顔を美しいと感じて、その遺伝子をのこそうという動きであるというわけです。美しさを求めることは、より高度の進化を求めるということでもあります。 (終了)

とはいうけど、これはセレブの世界の話であって、一般庶民の社会ではお互いに願望はあっても、現実になっていない例がほとんどである。そればかりでなく、美人がブ男とつきあっていたり、美男子が美人でない人を連れて歩いている例が結構観察できる。で、これがおもしろいのだが、結構多いパターンというのが、似た顔同志で結婚しているというもの。ペットが飼い主に似てくるという話も聞くけど、お互いに似てくるものなのだろうか。(^_^;)進化人類学的に解明してもらいたいものである。

ああ、図解とは関係ない話に流れてしまった。久恒先生、ごめんなさい。(^_^;)

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2007年2月25日 (日)

私の本棚070225内省と沈思黙考

『和を継ぐものたち』(小松成美著;小学館 1,400円+税)

小学館発行「和樂」の連載をまとめたもので、日本の伝統文化を担う22人と小松氏との対談記録である。
初っぱなの佐藤康光棋士が秀逸。

(引用開始)-------- (小松)我々素人からすると、勝負に勝ったらすごく喜んで得意になって、たぶんそちらのほうをモチベーションにすると思うんです。逆に、負けたことはすぐに消したいと思う。でも、佐藤さんは負けたことを糧にされたわけですね。 (佐藤)もちろん、勝って学ぶことも多いです。ただ、自分の中では、勝った将棋をもう一回見るよりも負けた将棋を検討して、同じ過ちを繰り返さないようにすることが大事でした。 (小松)逆に、勝ったときはどんな感じなんですか。自分で自分を褒めたいような? (佐藤)子供の頃は強いと思っている人に喝ことはうれしかったですね。今はわりと平静ですけれど、要するに、勝つ喜びよりも負ける痛みのほうが大きいんです。自分にとっていろんな意味で。 ===中略=== (佐藤)私は最近、年間に約50局を闘うわけですが、その中でも美しい将棋というか、自分が納得いく将棋をさせるのは、年にわずか一、二局なんです。だから一歩一歩精進して、そういうところに少しでも近づいていくしかないんです。 ------(引用終了)

やはり勝負師というものは違う。負けない闘いをするということが、すなわち勝利につながるということなのだが、実にストイックな生き様である。

他に、江戸筆職人の亀井正文氏にもいい言葉があった。

(引用開始)----- 筆は、僕の手を離れた段階では完成していません。お使いになる方が納得する筆になってこそ完成されるものです。だから、自分がつくるのは80%で、あとはお客様が使っていって百%になるのだと思っています。たとえば、江戸筆は筆先をわざとそろえないでぼやっとつくっているんです。ほかの職人さんに言わせると、それは毛をそろえる技術がないからそういうつくり方をしているんだということになるのですが、違います。お使いになる方が墨をつけると、たとえばまっすぐに書く方だったら、ハサミで切ったように自然に(筆先が)平になります。あるいは、側筆(筆そのものを横に倒して、筆の腹を用いて書く書き方)をやると丸くなったり。それぞれの書き方によってベストな筆の形になっていくようにわざとつくっているのです。ですから自分のつくる筆が何点かといわれたら、80点しか出ないんです。これは僕の考え方ですが、筆はあくまでも、お使いになる方の線を表現するための道具ですからね。

われわれの仕事の醍醐味は「亀井の筆を使ったらうまくなった」ということを体験してくださることなんです。商売としては高い筆を売ったほうがいいですよ。でも、どんなに高い筆を使っても、使いこなす技術がなければだめな筆になるということです。ですから、失礼な話になるかもわかりませんが、わたしのところに初めて来てくださった方には全員、最初に字を書いていただいて、その方の現状よりも、ちょっと上の筆をお勧めします。そうすると、筆が腕を引き上げてくれますからね。   -----------(引用終了)

ううむ。そうであったか・・・。筆一本でも高い筆を直接購入するには、覚悟がいるなあ。(^_^;)

 

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2007年2月13日 (火)

私の本棚070213村上ファンドがよくわかる

『最新 投資ファンドの基本と仕組みがよ~くわかる本』(岡林秀明著;秀和システム 1,600円+税)

ライブドア事件や村上ファンドの報道が多くなった頃から、株式をめぐる情報がニュースで流れない日はないくらいになったものである。にわか投資家(ディトレーダーとかいう人たち)の悲喜こもごもの話も話題に事欠かないよういになっている。そういうのを見るにつけ、投資家といいつつささやかな儲けに食らいつく「守銭奴」に変わりないなと本当に思う。ああ、渋沢栄一のような人間がいた国とは思えないよ、全く。(^_^;)

さて、ファンドといえば「村上ファンド」を思い出す人は多いと思う。本書もわかりやすいし関心をむけやすいためであろう、村上ファンドをよく引き合いにだしてくれている。モノいう株主=アクティビストファンド=の一つが、村上ファンドなのであるが、大前研一氏に言わせれば、ただのグリーンメーラーだとなる。まあ、逮捕劇で終演を迎えてしまったわけで、お粗末な展開だったが、およそ7年間のファンド活動は、その短期間の割には実に巨大な資金を運用していたのが、よくわかった。

(引用開始)----- 「潜在的に有している株主価値を十分に発揮していない」企業、つまり割安株の企業をターゲットとしてきたわけですが、ほかならぬ「村上ファンド」などの活躍で、そうした企業が徐々に少なくなってきました。このときの「村上ファンド」の運用資金は約4000億円です。米国のレミアス・キャピタル・グループが日本で設立した「アクティビストファンド」の運用資金が約120億円程度であることを考えると、「村上ファンド」の巨大さがわかります。「日本の村上ファンド」から「世界の村上ファンド」への飛躍を期していたのでしょう。----(引用終了)

私はこのくだりを読んでいて別なことを考えてしまった。つまり、「村上ファンドへ転がり込んできた日本の眠れる資産の強大さ」ということである。あれこれながめるにつけ、村上ファンドへ投資している人は、外国投資家よりも日本人投資家が多いようだということだ。金は金のあるところに集まる習性があるわけだが、この巨大な資産をどう市場に還流させていくかによって、景気がものすごく変わっていくだろうになと痛感。これを政治家にたよっているんじゃダメかね。(^_^;)儲けの少ない、もしかしてリスクが大きいかもしれない日本国債を買うために拠出するように動くとはとても思えないなあ。

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2007年2月12日 (月)

私の本棚070212LD向けワークとして

『LD(学習障害)とディスレクシア(読み書き障害)』(上野一彦著;講談社+α新書 800円+税)

この道一筋40年の上野先生の近著である。ようやく、ディスレクシアという文字が背表紙に登場してきたかという感じである。

これはわがサークル員には必携の一冊である。ひさしぶりに角折りが激しくつく好著であった。ようやく始まった特別支援教育の活動を支え、かつ方向性を示す光明をもたらすものである。いろいろ紹介したい部分があるが、もっとも本書の特質を表している部分としては、~「ディスレクシア」はLDの前身であり、本体だ~というところだろう。欧米ーとりわけ北欧だったと思うーが、ディスレクシアの発見地域なのだが、アルファベット圏だったからという背景がなぜなのかが分かった。(これだけでも価値あることだ)

本書を拝読していて、私の著作物(『確かな国語学力(基礎・基本)を育てる マスターカード ひらがな・片仮名ワーク』がLDやディスレクシアの子供たちにとって、大変効果的であることを再認識することができて、これが一番の収穫だった。

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国語学力が低い子供たちに鏡文字が多かったり、文字の認識力が低かったりしたことに焦点を当てて作成したものだけに、強力な推薦をいただいたような気分である。ぜひ、多くの教室で使ってもらいたいと思う。合わせて、鍛える国語教室研究会空知ゼミ主催の指導法研修会「国語修業講」の中で、効果的な使い方を伝えて行きたいと考えている。

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2007年2月11日 (日)

私の本棚070211オーバーアチーバーを指向する人

『組織力を高める~最強の組織をどうつくるか』(古田興司+平井孝志著;東洋経済 1,600円+税)

この手の書籍の購読は、かなり飽和状態となってきていて、よほどの新知識か斬新性でもないと数ペラポイとなることが多くなってきている。だから、文庫化されたものや文庫(=廉価版)のビジネス書は、著者名で開いてみることが多くなってきている。
本書もあまり期待していたわけではないが、「オーバーアチーバー」という教育業界用語(別にそうと決まっているわけではないのだが、この業界では比較的一般流布されている用語だ)が目についたので、開いてみると・・・・

(引用開始)------- 通常の組織では、経験的に、OA(オーバーアチーバー)が20%、A(アチーブ)が60%、P(poor)が20%であるとわかりやすい。(註 大谷;やはりここでもこの分配率だな(^_^;))~中略~実は「OAゾーン」の人たちは、オーバーアチーブすることを楽しみにしている。指示よりよい提案をする楽しみ、より早く仕事を仕上げる楽しみ、上司の先を読む楽しみ、貢献しているという喜び、認められるという喜びーこういう楽しみ・喜びを理解しているので「OAゾーン」は総じてモチベーションも高いものだ。
OAゾーンの人からは、新たなものが生まれてくることも期待できる。これらOAゾーンの人たちが相互に結びつくことによって、組織の中で相乗効果が発揮されたりするからだ。マネジャーは自分のチームのメンバーがこういう楽しみを持てるように、またそのための能力を獲得できるように、リーダーシップを発揮してかなければならない。そのためにもまずは、メンバー一人ひとりをマネジャーが十分理解する必要がある。---(
引用終了)

ううむ。これはTOSSやTOSSサークル、そしてそこに集う人たちのことを象徴的に表しているような錯覚を起こす文章である。オーバーアチーバーというのは、能力以上の成果を引き出している状態をさすのだが、みな普通の教師ばかりでありながら、並の教師でない人が大勢いる・・・それがTOSSである。みなモチベーションが高い点も共通しているし、しかもその持続力たるや尋常ではない。ここに組織拡大の秘密があるのではないかと思った次第である。

ちなみに、OAの反対語は「アンダーアチーバー」となるのだが、ここではPOOR(プア;貧乏)という表現をとっているところがなんともおかしい。(^_^;)つまり、能力があるのに働きが悪いのは、貧相・貧弱なのね・・と、妙に納得してしまった。教育現場では、アンダーアチーバーをいかに引き上げて、オーバーアチーバーへと転換させていくかに力点を置いて日々研鑽し、子供たちを指導していることを申し添えておくこととする。

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2007年2月10日 (土)

私の本棚070210TRONが消えた一因?!

『孫正義 起業のカリスマ』(大下英治著;講談社+α文庫 933円+税)
~孫正義 起業の若き獅子~1999年刊行、を改題、加筆・再編集されたもの

函館へ法要に向かう列車内でひさしぶりに一気読みしたもの。佐野眞一よりはリアリティに欠ける作りなのだが、それなりにテンポがよく、若き日の孫氏の動きがよく伝わってきた、読み応えのある一冊。私は孫正義氏を尊敬する者の一人なのだが、本書の中では異議を述べたいところがある。TRONに関わる考え方の違いである。
ご存じのとおり、国産OSとして今やユビキタスコンピュータを支える技術の一つとして脚光を浴びているものだが、私が最初に知ったころからすでに30年近くも月日が経ってしまっている。なぜゆえにここまでずれこんでしまったのかというと、アメリカの政治的圧力による。そもそもBASICからDOSへと移行していた時代ながら、その当時は、WINDOWS開発と発表に向けてかなりOSのテクノロジーが進んでいた頃のことである。マイクロソフトとしては、MSXとMS-DOSによって大衆化路線を確立したい時期でもあったろう。そこに立ち向かっていたのが、東大坂村教授(当時は確か助教授だったな)率いるTRONプロジェクトであった。それがものの見事に粉砕されてしまって、その後はご存じMS-DOS(Ver.6)あたりからマルチウインドウ・マルチタスクのWINDOWSへと世界中が飲み込まれていったというわけだ。要するに、日本はまた黒船にしてやられたり!といった状況なわけだ。

(引用開始)-------西(註大谷;西和彦さんのこと)や坂村には技術者的資質が濃い。一方、孫は、あくまでも経営者的な立場から発言していた。憮然とする二人を横目に、持論を吐き続けた。矛先をTRONに突きつけた。「坂村さん、あなたが提唱しているTRONの大義名分、車のハンドルやブレーキと同じように、パソコンの操作性やソフトの互換性を統一するのはわかります。そして、アメリカの技術ばかりを受け入れていることに忸怩だる思いがあって、日本が開発した技術を広めたいという気持ちもわかる。それは一つの正義です。ただし、狭い正義です。日本だけで通用して世界に通用しないのであれば、まったくの鎖国にすぎないではないですか。いずれ、世界の流れのなかのスタンダードで自然に統一されます。たとえば、マイクロソフトの製品がそのような形で受け入れられはじめているではありませんか。」坂村は目を吊り上げて食ってかかった。「いや、マイクロソフトは商業主義で、それぞれのハードメーカーのご都合に合わせてつくっている。そんなことは起こりっこない!」孫は笑みを浮かべた。「ぼくはあくまでも性善説なんです。人間の本性は善であると考えています。あなたのような性悪説ではない。世界のユーザーが統一性を求めているのだから、時代はその方向に流れますよ。」孫は、関係者に会うたびにTRONの危険性を説いてまわった。-------(引用終了)

嗚呼、そんなことをしていたのかい?!という感じ。(だじゃれじゃないよ(^_^;)世界一の車屋になろうとしているトヨタのマイクロチップ、世界に名だたる携帯電話技術、そのいずれもが細々と生きてきたTRONを搭載していることをどれだけの国民が知っているんだろうか。そして、バージョンアップのたびにハードごと買い換えを迫られるようなOSの乗り換え犠牲者が累々としている現状・・・。TRONを搭載が世界に広がっていたら、もしかしたら、LINUXの開発ということも起きなかったのかもしれない。
鎖国どころか自主的に開国して、世界に日の丸OSを送り込めていたかもしれなかったのだ。
ここのくだりはなんともはや、がっかりさせられたところであった。

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2007年2月 9日 (金)

私の本棚070209旅の巨人のおもしろさ

『旅の民俗学』(宮本常一著;河出書房新社 1,800円+税)

旅する巨人・・といえば、佐野眞一の著書に登場してくる宮本常一である。民族学と聞けば、私の場合、柳田国男よりは宮本常一の方が不思議と親近感が沸いてくる。
本著は、いろいろな方々と宮本との対談集である。民俗学とは博識学であると私は思っているのだが、宮本の著作物をみていると本当によく観察しているなと感心するものである。
家の相続といえば、普通長男(長子)ということになっているが、「末子相続」ということもある。相続の逆順というわけだが、なぜそうなるのかが面白い。このあたりは、「土佐源氏」に象徴されるような宮本の嗜好性を伺わせるものがある。

(引用開始)------ところで漁民というのは、農民とは異質な要素が多いですね。住んでいる家屋や庭がぜんぜん違うことはもちろんですが、漁村部でおもしろいのは「末子相続」が多いでしょう。というのは、狭い家で夫婦と子供が一緒に寝るものだから、子供が色気づくころになると困るわけだ。そこで子供を若者宿へ出すようになり、若者はそこで好きな女を見つけて結婚する。そうなればどこかに一部屋借りてやって、船一艘持たせてやる。子供がそうやって次々と年の順に出て行くと、親は結局末っ子にかからざるを得なくなるわけです。播磨の家島(えじま・いえしま)など、一本釣りの漁村ではたいだいそうです。一本釣りというのは、家が小さいですからね。延縄(はえなわ)漁になるとやや家が大きくなり、打瀬網漁になればずっと大きくなる。だから末子相続が多いのは一本釣りのところ・・・-----(引用終了)

なあるほどね。家が狭い云々といえば、サンカを思い出すが、三角の著作を読んでみるとおおらかな文化というか風土が性生活にも現れていたようで、なんとものどかさを感じさせるものがある。

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2007年2月 8日 (木)

私の本棚070208全く奇怪な世界

『深海生物ファイル』(北村雄一著;ネコ・パブリッシング 1,619円+税)

まずもって、この内容と作りでこの価格というのが驚きである。
ハードカバーの2/5ほどがカラー写真を掲載しているのである。
一種の宣伝用の本なのかと思わせるくらいである。
海の中は未だに知られていないことが多くあるが、とりわけ深海の世界は
際だっている。紹介されている深海の生物は、きっと、どれもが生育環境
に合わせて進化してきたものなのだろうが、不思議な形状をしたものが
実に多い。
水深9200mというかなりの水圧下でありながら、クマナマコのように
フニャフニャした生き物が闊歩している図は、不思議な光景である。
中でもとりわけユニークな生き方をしていると思ったのがこれ。

(引用開始)------硫化水素と酸素を化学反応させ、そのエネルギーで
成長し、増殖する硫黄酸化細菌と呼ばれるバクテリアがいる。ハオリムシ
は、これを体重の半分近くまで体内にぎっしりと共生させ、バクテリアが
分泌する有機物などを吸収して生きているのだ。そのため口も肛門も消化
器官も必要がなくなり、退化している。代わりに真紅のエラから硫化水素
と酸素をせっせと取り込んでバクテリアたちに栄養を与え、自分たち自身も
大きく成長していく。----------(
引用終了)

なんともはや、我々地上生物からすると毒であるものを栄養にして生きて
いるわけだ。こんなのは発見されていないだけで、きっとまだまだ他にも
いるのだろう。

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2007年2月 7日 (水)

私の本棚070207はなっから別世界

『斎藤孝の天才伝6 シャネル』(斎藤孝著;大和書房 1,400円+税)

ちょい読みのシリーズとしては手頃なものだ。
斎藤孝の目を通して、その分析・論述を読むのが痛快である。

(引用開始)--------われわれから見れば、ダリもかなりエネルギー
値が高いと思いますが、ピカソと比べると、ダリはグリーンピース程度
というのがシャネルの評価なのです。
 これでは能力の低い男性からはシャネルは怖がられたでしょう。彼女
とつきあえるのは優れた、自信のある男性だけだったわけです。
 優れた男性たちは自分に自信があるので、余裕を持ってシャネルに対し
ても教育もでき、お互いに刺激を受け合うけれども、それよりちょっと
パワーが落ちると、シャネル自身から強烈な「近寄るな光線」のような
ものが出ていて突っぱねられたのでしょう。---------(
引用終了)

ブランド~ココ・シャネルとは、そのような女だったのだね。(^_^;)
まあ、こういうのははなっから別世界の人なので、まるっきりの人ごと
である。
結局、ホテルで孤独死したようなのだが、幸せと充足感を感じながら
死を迎えられたのだろうかと疑問に思った。
生前が華やかで、物質的に恵まれてきた人ほど、死の場面では対極して
いるものだなと感じることがあり、シャネルでもまた同じ事を感じたと
いうわけである。

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2007年2月 6日 (火)

私の本棚070206命を預かるということ

『誰も教えてくれない「ペット」ビジネスの始め方・儲け方』
(野沢一馬著;ぱる出版 2,000円+税)

少子高齢化とともに伸びてきているのがペット産業なのだそうだ。

(引用開始)----子どものいない家庭、夫婦2人だけの家庭では、
コミュニケーションを円滑にするとか、生活にうるおいをもたらす
ために、その”触媒”として、ペットは欠かせない存在になって
いる
-----(引用終了)

むべなるかな・・・(^_^;)

手軽に購入できる環境が広まってくるのと同時に、簡単に捨てて
しまうという状況も生まれている。
最近、我が家でもまた女房がゴールデンを一頭飼ったのだが、購入
前に「管理センター」なるところを訪問して、いろいろ物色していた
ようである。このセンター、つまりは、処分犬を一時預かりしている
ところなのである。中には奇特な人がいて、里親捜しをボランティア
でしているとのことである。見るに見かねてなのだろう。
また、ペットビジネスが広まる一方で、むやみに繁殖させて、売買
するしようとするバカたれブリーダーも増えているようだ。

総じてみると、良心的で誠実にビジネス展開をしている人口よりも
悪徳的に生命を商品化している人口の方が多いのではないだろうか。

命を粗末にする世相が社会に蔓延していくと、不道徳が広がることにも
なりかねない。今一度、ペット購入する人には、飼育の責任や義務を
再認識してもらいたいと願いばかりだ。

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2007年2月 5日 (月)

私の本棚070205消費者優位の世の中を創りたい

『事例で見る江戸時代』(落合功著;すいれん舎 2,000円+税)

本書は、広島修道大学のテキストシリーズの一冊である。
しばしば大学のテキストものはいいものがあるし、アカデミックが
当然の大学の価値としては、外れがないのが当たり前となってしかる
べきである。(回りくどい言い方だなあ・・(^_^;)
放送大学のテキストブックは、装幀が簡素だが中味は網羅的で
博識を得るにはもってこいのものである。我が女房は、看護師を
しながらきっちり4年で修了卒業できたのだが、このテキストによる
ところが大きかったと思う。

日本は物価が高いというのは、世界中に知られているところであるが
不思議なことに、日本人自身がそれを知り、かつ文句を言わない人が
多い。流通のシステムからして、昔からのものだからしかたないと
諦めているからなのかもしれないが、それにしても、デフレで値段が
下がってきた現状をみれば、まだまだふんだくりが多かったのだと
いい加減目を覚ますべきと考える。

(引用開始)-------「江戸時代には、各人で物の値段を決めていた」
こう指摘しても、今の私たちにとってはわかりづらいだろう。われわれ
にとって、値段は定価として、すでに決まっているものであり、それは
妥当な価格なのだと思うだろう。(中略)現在の日本でも相対売買(売
り手と買い手が相談して価格を決める方法)の行われる場所は少なからず
ある。実のところ、過去はそちらの方が主流だったのである。(中略)
「ぼったくられた」という話をしばしば耳にするが、少なくとも、自身が
その値段に納得して購入したのである以上、それが他の人と比べて高くて
もあきらめなければならないのである。-------(
引用終了)

ブランド品は、どれもこれも目の玉が飛び出すほどの価格がついている
ものだが、それでも購入する人が大勢いる。品物のつくりよりも、ブランド
による優越感を買っているような人がいるものだ。
無印良品人間としてひがむわけではないが、金の使い方は生き方を象徴する
一つであると考えているので、見せびらかし人間がニセモノをつかまされて
悔しい様子でいるのを見るにつけ、「ザマミロ」と思ってしまう。
で、結局、ブランド品に回る分は図書費に費やされているというわけだ。(^_^;)

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2007年2月 4日 (日)

私の本棚070204教育現場にも経営感覚は必要だ

『50代からは身のたけ起業』(大出俊雄著;技術評論社 1,480円+税)

パソコン関係の出版物を多く出しているところなのだが、はて、どんな
ものがという物見遊山的に手にとってみたものである。
このところマネージメントサイクルは、昔のPDSからPDCAへと流れで
変わってきている。
Plan~Do~See → Plan~Do~Check~Action
以前は評価=See だったが、試して~吟味~いよいよ実行に移すという
より慎重で確実な動きへと意識がスライドしていったものなのだろうか。
このマネージメントサイクルを見るにつけ、およそ10年周期でめまぐるしく
変わっていく学習指導要領のことが頭をよぎる。
教育の成果を判断する上で10年の周期というのは、短すぎるというのが
私の考えである。
身近なことを上げると、教員の人事異動サイクルもまた怪しげなほど
短周期のところがある。
例えば、管理職人事。ほとんどの学校長は2~3年サイクルで異動する。
勢い、大過なくすごそうとする保守的にならざるをえない。
これを5年に延長すれば、なんらかのアクションをせざるをえなくなって
くるだろう。経営の責任感も増すというものだ。
担任人事であれば、毎年毎年担任が代わっていく、いわゆる「1年契約」と
いう現象のほとんどは、問題教師に続けて2年も同じ学級を持たせるわけ
にはいかないという現状と保護者からの不満回避の策とされる例が多い
ものだ。
かつて、斎藤喜博氏が校長だった島小では、自ら6年間の継続担任を希望
する女教師がいたということだが、応じる方もそれに応える方も、相当な
覚悟がいることだろう。いろいろな担任との教育機会を奪うということか
ら考えればマイナスの面もあげれることだ。

(引用開始)-------最近は、組織・集団で支配している(共有している)
ものの見方・考え方を指す意味でパラダイム用語が使われていますが、
ここでは当然、行動スタイルをも含んだ枠組みで提示しています。
 起業家としては「経営者の視点」を考えてパラダイム・シフト(基本的
思考・行動スタイルの転換)を図ってもらいたいものです
。(引用終了)

学校現場は、「経営」という言葉はなじまないとする意見があるようだが、
私はそんなことはないと考えている。
一般に「経営」となると利益を生みだす行為に適用されることが多いが、
教育においては、優秀な人材(人財)を生み出す行為であるわけで、その
延長上に国力の増強がもたらされる行為であることを考えれば、立派な
経営が求められることは、しごく当然のことである。
問題なのは、「経営」意識が希薄なまま管理職となっていく(される)
教師である。言われるままに、上意下達の姿勢で影響力やましてや感化力
をもたない指導力のため、現場を混乱させている者が多い。
その影響が子供たちにもおよぶことだということを自覚する必要がある。

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2007年2月 3日 (土)

私の本棚070203使わないとわからないこと

『チャンス発見のデータ分析』(大澤幸生著;東京電気大学出版局
3,600円+税)

本書は、シナリオマップという手法を使ってデータ分析をする
方法を様々に紹介しているものだが、年配者に説明するならば
KJ法に似た手法である。
様々な情報を分類、集約して可視化していくことにより、問題
把握をしやすくするのである。
出来上がりをみれば、wwwに象徴されるネットワークモデルの様相
となってくる。相互のつながりや塊(セグメント)の性格を手がかり
にして、戦略立案材料とすることもできるということだが、実際に
やっていってみないと、その効力はなかなかつかみがたいだろうと
思った。(今回は、引用紹介なし)(^_^;)

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2007年2月 2日 (金)

私の本棚070202みんなで稼ぐか、優秀者に稼いでもらうか

『インド人の秘密』(パヴァン・K・ヴァルマ著 村田美子訳;
東洋経済 2,000円+税)

このところ、IT関連ではインドの躍進が目を見張るものがある。
卑近なところでは、映画マトリックス3で、主人公ネロが迷いこんだ
場面で登場するプログラム(一家)はインド人と思われる。それだけ
インドがコンピュータソフト開発分野では躍進してきているという
わけだ。
大前研一の報告を見ていると、これに加えて医療分野でもインドが
大躍進しているとのことだ。
アメリカ国内では高額な心臓外科手術が、インドでは相応の技術で
格安で提供されるために、医療ツアーを組んでインドへやってくる
欧米人が多いそうである。
そんなインド人の気質をあれこれと紹介しつつ、インドの現状も
紹介していることで、本書を手にとってみた。

(引用開始)----------
中国の識字率の方がインドよりもはるかに高いのですが、インドでは
中国の6倍もの学生を大学に送り込んでいます。インドでは男性の
25%が、女性の45%が依然として読み書きできません。しかし、
ムンバイ、デリー、カンプール、カラグプール、チェンナイ、グワハティ
ルルキーにある7つのインド工科大学(IIT)からは世界レベルのエンジ
ニアや科学者が輩出しています。それに付け加え、14の地域にエンジ
ニア単科大学、同数の応用コンピュータガクの修士課程を持つ学校が
あります。インドの291の大学と約1万2000の単科大学は毎年200万人
卒業生を出していますし、そのうち12万人の卒業生はエンジニアです。
もし科学技術大学まで数に入れると100万人に達します
。---(終了)

以前にNHK特集でインドを取り上げていたが、村をあげて優秀な子供を
大学に進学させているという内容の放送があった。日本で言えば、武士の
時代を想起させるようなものだ。それが終わって、官僚制度のもと、国民
皆教育で限りなく識字率100%の偉業を打ち立て、国力を増強させて
きたのが現在の日本である。
ビル・ゲイツに象徴されるアメリカは、少数の富める者による国体形成を
してきた国である。
現在の日本は、文化として築いてきたみんなで稼ごう・がんばろう!の
状態からできる人に稼いでもらって、おこぼれで食っていきましょうという
なさけないメンタリティへとゆるやかに移行している気がしてならない。

公教育の行く末が、この結論を出すことに違いはないだろう。

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2007年2月 1日 (木)

私の本棚070201先人に学ぶことは意味がある

『和魂に学ぶ』(梶田叡一著;東京書籍 1,500円+税)

あとがきにこう記されている。

(引用開始)------ この本の全体を貫くものは、冒頭の
「脚下照顧」と最後の「〈和魂〉再興」をつなぐ線上にあり
ます。簡単に言えば、現代日本人はこのままでは「根無し草」
になってしまうのではないか、そして「根無し草」には「未来」
がないのではないか、ということです。特に若い人たちの精神
状況を見る時、このままでは日本は行き詰まるな、そしてやがて
亡びてしまうな、という危惧を持たざるを得ないのです
。(終了)

全く、同感の極み。今の生産性の乏しい若者達のあまりの多さに
落胆せざるを得ないところがあるので、大和魂を復活させたい
ものだと強く念じている。
「美しい国」づくりを提唱する国の首相は、まずもって政治家の
不正に粛正を持って対峙してこそ、出直しともいえる再挑戦が
できるのではないかと思う。
今の政党政治じゃ、国民が嫌気を指しているわけで、宮崎県知事選
にそれが結果として端的に示された形となっている。
和をもって尊しとなすとは、赤信号みんなで渡ればこわくない式の
精神性をさすものではないのである。

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