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2007年3月

2007年3月31日 (土)

私の本棚070331二酸化炭素排出取締マシン

『メタルカラー烈伝 温暖化クライシス』(山根一眞著:小学館 2,300円+税)
山根一眞もルポライターとしては好きな方であるが、佐野眞一や立花隆に比べると重厚感に欠ける。袋ファイル以来お世話になっているのだが、このところこちらの活用はさっぱりになりつつある。こりゃきっと、パソコン&インターネットの影響なのかと思う。

メタルカラーシリーズもたくさん出版されてきたが、今回のものは正に装幀からしてメタルカラーそのもの。(^_^;)
第1章 巨大地震に挑む腕力と心  第2章 大気象災害時代の守護神  第3章 温暖化防止のモノ作り革命 と、個人研究のアンテナがピピ~!と反応しそうな並びっぷりである。

TOSS技量検定B~A表ネタに使えそうなものがズラッと並んでいるのだが、眼を引いたのはやはり京都議定書問題がらみで「GOSAT計画」である。
早い話が二酸化炭素を中心とする温室効果ガスを衛星から測定するプロジェクトなのだが、その精度がすごい。
地上660㎞上空から、1/100万単位のスケールで二酸化炭素濃度を測定できるというのだ。(^_^;)
ただの一市民としては笑ってごまかすしかない精度(なのだと思う)。しかも、国単位で二酸化炭素の排出量が一目瞭然と分かるというのだから、京都議定書批准に向けての追い風となっていくだろう。

ただし、自国(日本のことですね(^_^;)の排出量がシャレにならない程のものを身内が知らしめるようなら、笑い話にならないわけだが、今の日本の技術を持ってすれば、そんな赤っ恥をかくことはまずないだろう。とはいえ、早急に削減作業を進めておかないとならないことには、変わりはない。
何しろ、このGOSAT計画、2008年打ち上げで、2008~2012年までの京都議定書の第一段階期間に威力を発揮することになっている。

すでに地球温暖化の影響が拡大している状況で、地球上の生命維持に貢献していってくれることを願いばかりである。
ああ、書評のつもりが全然矛先が変わってしまったね。まあ、それもあり。(^_^;)
今後の諸問題を考えていくための参考書として手元に置いておくと便利だあろう。

明日からいよいよ新年度開始である。

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2007年3月30日 (金)

私の本棚070330立花隆はやはりスゴイな

『ぼくの血となり肉となった500冊 そして 血にも肉にもならなかった100冊』
(立花隆著:文藝春秋 1,800円+税)
期待通りの一冊。これまで何度か、立花隆の読書遍歴を紹介する本は出てきたが、これは集大成的な一冊となるだろう。

いやはやどれひとつ(この場合は一冊ですね)として、斜め読みや飛ばし読みなどしていないのではないかと思えるほど、紹介される本を手にして、内容なり当時のエピソードなりが滔々と口から流れてくるのが、スゴイ。
立花隆ならではの批評があり、500冊じゃきかないよ!というほどの量が紹介されている。

クラシック愛好家としても知られる立花氏であるが(自宅にミュージシャンを呼んで生演奏会を開いたりするくらいだからね(^_^;)、『リヒテル』の紹介があって眼を引いた。
実は、私は大学4年の時にリヒテルを生で拝聴した貴重な経験がある。(なぜ貴重なのかは、分かる人はわかるね(^_^;)どういうわけだか、函館に演奏に来たことがあるのだ。プログラムはベートーベンをメインとするものだったが、年齢を感じさせない迫力があったねえ。当時、看護婦のバイトをしていた女房に入場料を出してもらって聴いたのだが、その値は十分だった。(金 10,000円也(^_^;)。演奏終了後は、興奮さめやらぬ友人と語らった思い出がある。
そんなエピソードもあってか、紹介されているとど~しても読んでみたくなるもんである。(近いうちに読もう!)

それにしても、立花氏の知識(科学ジャンルでは疑問視する者がいるけど)や取材能力、文章表現どれをとってもルポライターとしては実力十分であり、私は、佐野眞一と並べて大好きである。

余談ながら、天才アラーキーこと荒木経惟とは同級生でなかよし、しかし、同じカメラマンの篠山紀信とアラーキーは仲が悪いとか・・・、ああ、そうなのかい?!(^_^;)そんなエピソードもそえてあったりして、食後読書にはいい本でありますね。

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2007年3月29日 (木)

私の本棚070329並列読み

『ブックオフ革命』(大塚桂一著:データハウス 定価1,500円)&
『ブックオフと出版業界~ブックオフビジネスの実像』(小田光雄著:ぱる出版 1,800円+税)
ブックオフの創業期と発展期の状況をインタビューを交えながら構成しているものと、片や批判本である。
書籍の再販制度を廻って、誤解誤謬があるようで、うまくかみ合っていないところがある。
そもそもブックオフはあくまでも古本屋である。新古書を格安で販売するために、出版元から安く仕入れるなんてことができるわけがない。かみあっていないから、なんとも歯がゆい読者感があるのだが、出版業界の流通情報や販売に関わることなど、日ごろでは知り得ないことが分かるので、それはそれで価値があるといえるだろう。

このところ、新規の出店数があまり増えていない感じがするが、次なる手はどんなものがでてくるのか、目下のところそこに興味がある。

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2007年3月27日 (火)

私の本棚070327疲れ頭にショージくん

『ショージ君の「サラ専」新聞』(東海林さだお著:講談社 1,200円+税)

とにかく、東海林さだおが好きである。食いもの系列なら「○○の丸かじり」シリーズは欠かせない。
その東海林さだおがミニコミ新聞を作ったら、こんなもんかな・・という感じの本である。もちろん、いつものショージ君登場のマンガもたっぷり入っている。疲れている時には、この一冊で元気回復(^_^;)。

それにしても週刊誌の連載でもおなじみなのだが、コラムを書かせたらホントにスゴイ人だと思う。別に小難しいことを述べるでもなく、あえて専門家を装って読者にエバるわけもなく、日常語を何気なく使って、意を伝えること関しては、ほんとに達人だと思う。
椎名誠とはなかよしなので、しばしば対談したり、対談集を出したりしているのだが、個人的には東海林さだおひとりで綴る文章の方が好きである。
引用なんて必要なし。黙って、読む・見るべし!(^_^;)

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2007年3月26日 (月)

私の本棚070326「江戸しぐさ」でいじめを減らせる

『「江戸しぐさ」完全理解』(越川禮子・林田明大著:三五館 1,300円+税)
このごろ公共広告機構のCMでも取り上げられるようになり、少しばかり
江戸しぐさというものが復権してきたことは、よいことである。
もともと爆発的な人口増加と様々な人々が過密に生活する空間を、少しでも
快適な環境にするべく町衆が考え出してきた慣習である。
本書の中に、私たち鍛える国語教室研究会空知ゼミが主催している研修会
「国語修業講」の開催趣旨につながる部分があったので、紹介したい。
教師の研修会で”講”という名称をつけたのは、おそらく私たちくらいなもの
かと思っているのだが、大事な趣旨背景がある。

以下、寺子屋の師匠の語りとなる。
===(引用開始
)「私たちが生まれ、育ち、住まわせてもらっているこの大江戸は、日本一、世界一の町です。何が一番かというと、しっかりした『講』があるということです。
講は、人と人が手を取り合って、住み良い暮らしを考えるおおもとです。講がしっかりしていれば、人間は安心して住むことができます。
また、講はおつきあいの場です。人間がおつき合いしている世の中を『世間』といいます。だから、講は世間ということができましょう。
(一時終了)===
国語の授業力量を高めるために、同じ志を持つ者同志が集い、修業に励みましょう・・という趣旨で開始したのが「国語修業講」である。”講”は「ねずみ講」で悪印象が流布しているが、本来は引用部分に見られるように、相互扶助の精神で集うものを指す。
次の引用部分も重要である。

===(引用再開)寺子屋では読み・書き・算盤をまずマスターしますが、江戸寺子屋で力を入れたのは、見る、聞く、話す、さらに考える、です。
大事なのは人間教育で、90%が行、10%が書物知識からの教えです。ものの考え方と実学のバランスはみごとなものでした。子供たちを仕込むには、養いはぐくむ「養育」か、鍛え育む「鍛育」でなければなりませんでした。
(引用終了)===

つまり、単に授業の技術を高めるというだけでなく、鍛える国語教室研究会を主宰される野口芳宏氏が常々言われている「言語人格を磨く」こともまた、大事な開催趣旨となっているわけだ。互いに修業し合う中から、人間修養にも励むことが盛り込まれている点が、国語修業講では大事になってくる。

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2007年3月25日 (日)

私の本棚070325これが人間の本質か?!

『脳は意外とおバカである』(コーデリア・ファイン著・渡会圭子訳:草思社 1,600円+税)
著者はオックスフォードで実験心理士の学位を取得し、ケンブリッジで犯罪学の修士を取得したキュートなねえちゃんである(一応既婚者(^_^;)。渡会さんの訳との相性もよろしく、様々な人間行動を読み解いて紹介してくれている。
中でもおっかしいのが、1ページを割いて描かれている挿絵である。草思社の編集氏がきっとオーダーしたものなのだろうが、これまた内容とマッチして実におっかしいのである。(繪のタッチもそうなのだけど・・・)
犯罪学も修めた人だから、いろいろな事例データを持っているのだが、なかなかシュールなものもあって興味深い。「これが人間の本性なのだよ・・」とでも言いたげなことも紹介されている。
例えば、神学校の学生をジレンマ実験に使ったものなどが好例だ。

====(引用開始)学生たちは実験者から、神学を学ぶ者たちがどのくらいうまく即興で話ができるかを調べたいと説明を受ける。別の建物で研究助手が待っていて、そこで学生たちの即興のスピーチを記録する手はずになっている。学生の半分には、牧師以外の職業において神学部での経験がどのような価値を持つかについて、残りの半分には、よきサマリア人の寓話についての考えを話すように指示する。実験者はそこで時間の余裕に差をつける操作を加える。被験者によって、調査が始まるまで「まだ少し余裕がある」「時間ぴったり」「すでに遅れている」と、違う情報を伝えて送り出す。何も知らない被験者が別の建物に向かっていると、路地で一人の男が弱々しく壁に倒れかかる。実験が間違いなく成功するように完璧を期して、神学生が通りかかると、倒れかけている男は二回咳をして、さらにうめき声をあげる。 (引用終了)=====

さて、通りかかった無垢な神学生はどのような反応を示すのかという、いささか残酷な実験なのである。
結果は、余裕のある学生は声かけをして応対するのに対して、余裕のない学生のほぼ全員(これがすごいね)が急いで通り過ぎた。旅の途中で倒れていた男を助けたサマリア人の教えについて話してくれと言われた神学生たちのほうが、見知らぬ他人に深い思いやりを示したということもなかった(それどころか、よきサマリア人について話をしにいくはずの学生の中に、文字どおり男をまたいでいった者もいると、実験者は皮肉っぽく報告している。)

いやはや、なんともはやこれが人間の本性なのか、笑えない実話である。
と、こんなことを紹介していて、心理学エッセーとしては楽しめる本ではある。(^_^;)

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2007年3月23日 (金)

私の本棚070323鍛国研メンバーは読んでおいた方がいいね

『日本語は天才である』(柳瀬尚紀著:新潮社 1,400円+税)

読売新聞で紹介されていたので早速読んでみる。
ほぼ全文が、口語体で綴られているので不思議な躍動感がある。
著者は翻訳家だから言葉の使い方のプロといえる。
そのプロをして日本語の天才度を語る内容だから、面白いのである。
例えば・・・

=====(引用開始)・・日本語にはもう一つの苦手分野が
あります。それは侮辱表現、罵倒表現です。日本語という天才
をしても、発達が遅れている。バリエーションに乏しい。
 たとえば、夏目漱石の坊ちゃんは、「喧嘩のときに使おうと
思って、用心の為に取って置く言葉」を並べてみせます。

「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被りの、香具師の
モモンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴とでも
云うがいい」

 威勢はいいものの、迫力よりもおかしみが勝っているようですね。
---------------------------------------------------------
《いろは歌の紹介と説明をうけて》これじゃとても酔えませんね。
なんだか暗い気分になりますか?
いやいや、そんなことはない。暗くなってはいけません。皆さんは
若いのですから、暗くなることはない。ぼくなんぞは、若いころに
この意味を知って、うーむ、そうか、それなら今のうちに酔って
おこうと決意しましたね。それで未成年飲酒です。受験勉強をしながら
安ウイスキーや冷や酒を飲む。で、青年性高血圧になって、頭が
ぼやけて、それで東大数学科受験をあきらめた。数学の才能がないこと
を早い段階で悟ることができたからよかったと思います。そして翻訳で
世の中に多少は貢献してきたかもしれないので、まあ、いろは歌の
おかげです。(
引用終了)========

で、自作のいろは歌を何種か紹介しているのである。一つ作るのも
大変だと私は感じているのだが、いくつもいくつも作ってきたという
のだから驚異である。例に「とかなくてしす」も示されているが省略。

日本語にはルビがあって、読めない漢字もルビのおかげてこともなげに
読むことができる。
他の言語ではそうはいかない。だから、間違った読みをしてしまい
誤解されることがあるわけだ。
改めて日本語を見直す好機を得たという気がする。

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2007年3月22日 (木)

私の本棚070322思考でもストレッチを

『知的ストレッチ入門』(日垣 隆:大和書房 1,300円+税)
 表題通りにラフに読み流せる本。堅苦しいノウハウものと異なり、筆者の経験をフルに動員してのアイデアを提供してくれている。早い話が文具・事務設備使用エッセイのようなものである。エッセイだから、拾い読みができるわけだ。
 ブログとジャーナリズムに関する一項に面白い考察が・・・

=====(引用開始) 元ライブドア社長の堀江氏が言うような、10年後にテレビが消え去る事態は起こりえないと思います。多チャンネルかはすでに日本でも進んできましたが、同じ物語を同時代に共有することへの欲望が、今後もキー局を必要とするでしょう。
 しかし、一部のサイトやブログが日々百万人単位の読者を獲得し、他方で千人単位の契約者でも有料テレビが成立しうる時代です。テレビのコンテンツで生き残れるのは、ドラマとドキュメント番組くらいでしょう。数千万人に共有されるニュースやバラエティ番組は、すでに重大な危機に直面しつつあります。好みや知性や関心が、重層的に分化してきているからです。
 強いて言えば、旧来のジャーナリズムに希薄でブログに濃厚であるのは、コミュニケーション(読者参加)とハブ(人気ブログの拠点化と緩やかなネットワーク)と個人の役割でしょう。その逆、つまりジャーナリズムに濃厚でブログに希薄なのは、エディターシップ(編集者の介在)とチャージ(広告を含めた料金の徴収)の仕組みと組織性だと思われます。
 もちろん、欠点をできるだけ削ぎ落とし、長所をできるだけ取り込むことが、今後さらに両者で目指されてゆくはずです。(引用終了)
=======

 地上デジタル放送がだんだんと普及してきて、双方向性(オンデマンド)が強まってくるとこれまでのテレビ文化のように時間に縛られたり、内容を押しつけたりする状況は、変わってくるだろう。階層化や分化といった細分化された好みに対応していくには、すでに既存のテレビ放送では難しい状況だろう。
 アメリカでは早くからケーブルテレビが普及して、100局以上の専門チャンネルがあったわけだし、日本でもCSやBSで放送の細分化が進んでいる。これに加えて、好きな時に好きな番組を・・ということで、動画配信が進んできている状況からみると、大前研一氏がいうようにテレビは衰退していく媒体ではないかと思う。

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2007年3月21日 (水)

私の本棚070321古代史は難しい

『物部氏の正体』(関 裕二著:東京書籍 1,400円+税)
 古代史は史実の真偽もさることながら、人物の関わりも相当に入り組んでいて、時の糸車に巻き取られた糸が終わりしなに、グシャッと絡まったかのようで難しい。
 フィクションなものやらノン・フィクションなのか渾然一体となっているから手に負えない。まあ、その分、読み物としての面白さというのが出てくるわけだけどね。

 このシリーズはたしか三部作になっているんだけど、これ一つで手に負えない雰囲気があるので、他のはパスだなあ、きっと。(^_^;)

 「もののけ姫」の時代設定にも似た、神仏対立の時代と蘇我氏・物部氏らの有力豪族の対立構図と政治的背景が絡んでいるのが興味深いところだ。

 それにしてもいつの日かボケる前に「日本書紀」を隅々読んでおかないといけないなあとつくづく思う。しかし、退職までその余裕はないだろう。(^_^;)

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2007年3月20日 (火)

私の本棚070320職人人口は減少しつづける?

『最後の職人伝~手業に学べ 人の巻』(塩野米松著:平凡社 1,600円+税)

 今日は、札幌市内小学校では卒業式を迎える。15日は中学校だった。
 進学率が100%近くなって久しいが、中学卒業にしろ高校卒業にしろ、更にその上での卒業・修了にしろ、職人として社会人となる人口は着実に減ってきているようである。
 団塊の世代の一斉退職とともに職人の技術流出(とりわけ国外への)が心配されているところなのだが、人口動向なんてのは予測可能なことなのだから、政府がしっかりと先を見通して対策をたてておれば、こんなに混乱することもなかったろうにとつくづく思う。
 さて、本書は藁細工・櫓櫂・爪楊枝・座敷箒・簾・和三盆の職人さんたちへの聞き書きで構成されたものである。
 語り口をそのまま文字に起こすのはなかなか難しいことなのだが、塩野氏はなかなか上手に作り上げているなと思う。聞き書きといえば、民俗学者 宮本常一を思い出すのだが、彼の「土佐源氏」などは一級品であり、聞き書きのひとつの手本としたらよいだろう。
 簾の素材は、いろいろあるわけだが、びっくりしたのはセイタカアワダチソウ(例の極悪外来種として名をはせておりますな。私の思い出は八神純子なんだけど(^_^;)が簾の材料になるというもの。これで駆除を兼ねて簾が普及するなら一石二鳥だなと思った。

 和三盆は北海道ではほとんどお目にかかることの無い砂糖菓子だ。四国のサトウキビを使ったもので、上砂糖とは違った味わいのあるものなのだろうと容易に想像できる。
 ちょうど、精製塩と海水塩との違いといったところか。このところのヘルシーな食用塩ブームというのもなかなかよろしいね。
 有田和正先生が粟国の塩を紹介していたけど、店頭にいくと驚くばかりの品数であり、どれもこれもその土地(まあ海だけど)に含有しているミネラルの成分表をここぞとばかりに誇っているのをみると、栄養食品と見まがうばかりである。
 当たり前だが、職人技から生み出される品々は、大量生産とは反対のものばかりだから、高価であることは避けられない。しかし、手業から生み出された品々はどれもこれも味わいが深いことはもちろん、丈夫さにおいても機械製品とは比べられないものが多い。
 悲しいことに紹介されている職人さんたちは、最後の一人という国宝級の状態でなんとかならんもんかと思う。思うのだが、今の世の中で食っていくことを考えると、職人志望をする人が年々減ることは致し方ない現象なのかと思う。

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2007年3月19日 (月)

私の本棚070319 アメーバ経営?!

『アメーバ経営 ひとりひとりの社員が主役』(稲盛和夫著:日本経済新聞社 1,500円)
 京セラやKDDIで稲盛さんを知っている人は多いことと思う。巨大企業を創業し成長させていく人物には事業展開のビジョンや卓越した経営手腕が兼ね備わっているものだ。
 本書の書名になっている「アメーバ経営」とは、一言で言うとアンチ縦組織ということだ。web(インターネット)の思想や構築関係に通じるものがある。オープンソースの時代、そして、ハイ・コンセプトの時代には、必要な経営思想であると思う。

=======(引用開始)悩みに悩んだ末に私は、経営における判断は、世間でいう筋の通ったこと、つまり「人間として何が正しいのか」ということにもとづいて行われなければならないことに気づいた。われわれが一般に持っている倫理観やモラルに反するようなものでは、長期的にうまくいくはずがない。だから、両親や祖父母から、子供のころに叱られながら教わった「人間として、やっていいこと、悪いこと」という、ベーシックな基準で判断していこうと思った。
 つまり、「人間として何が正しいか」という基準を会社経営の原理原則として、それをベースにすべてを判断することにしたのである。それは、公平、公正、正義、勇気、誠実、忍耐、努力、親切、思いやり、謙虚、博愛、というような言葉で表される、世界に通用する普遍的な価値観である。 (引用終了)
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 儒教であろうが、宗教思想であろうが、確固たる信念を判断基準として持つことは大切なことである。それが言動のブレを生じさせないし、信頼を勝ち得る原動力になっていくものである。

 横のつながりを広げていくなかで、つねに自分の判断軸との照合を図り、対処していくから自分にとっても、相手にとっても価値ある関わりが生まれていくのだと思う。

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2007年3月18日 (日)

私の本棚070318うまい酒のつくりかた

『日本酒をまるごと楽しむ!』(松崎晴雄著:新風舎 1,400円+税)

しばしば買う雑誌に「男の隠れ家」がある。2007年3月号の小特集が~通が選んだ 旨い日本酒~である。
秀逸は太田和彦の文章。『ニッポン居酒屋放浪記』を書くだけあって”その気にさせる”文章表現がいい。
パーフェクTVの番組でもいろいろな名店を紹介していたが、私のような者はコバンザメのように、記されてある銘酒や名店をついて歩いている。(^_^;)

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2007年3月10日 (土)

週末の散歩0703102ヶ月ぶりの富良野

正月に今年初の富良野行きを敢行してから、早2ヶ月が経過してしまった。
というのも、わが女房が1月23日に急性肝炎で5週間近くも入院してしまったためである。
おかげさまで、順調に快復してきて、私の運転とはいえ、富良野往復に耐えられる状態に戻った。
とは言え、早速向かったのは、やはり富良野生協だった。(^_^;)いつものパンやへ直行。
その後、麓郷へ。こんな時季はだれもおらんだろう・・と思いきや、明日、クロスカントリーの大会があるらしく、麓郷小学校やPTAのテントとスタート・ゴールの横断幕などの取り付け作業がニギニギしく行われていて、結構人気があったのである。
Dscn5303 Dscn5304

お店に入って、富田ファームのパフュマイザーを買おうと思ったら売っていなかった。無念。
Dscn5305 我が家の二階物置を改造して、こんなログ調の部屋を作りたいもんだなと女房と話す。
写真は、お店の二階ロフト部分である。夢で終わらせたくないもんだね。
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2007年3月 4日 (日)

千歳へ散歩070305

たまにはブログらしく、単純な日記にしてみた。(^_^;)
今日は、千歳へ散歩。いつもなら富良野へ散歩のところを反対方向へ走ったことになる。
すでに道路は、暖冬のために夏道で快適。約1時間で市街地に着く。

Dscn5159 写真は千歳のリハビリテーション学院である。(何しに言ったかはナイショ)(^_^;)
向陽台といって千歳の自衛隊基地の奥まったところにある新興住宅街である。
さすがにどこもかしこも新しい建物ばかりである。
途中、千歳スキー場の入り口があった。千歳にスキー場があるとは知らなかった。
向陽台を下りて、千歳市立図書館へ向かう。

Dscn5160 ここの売りは、一人20冊までの貸し出し冊数の多さである。
期間2週間で20冊は通常は読み切れないだろうが、その対応のキャパシティが太っ腹でよろしい。(^_^;)道立図書館だと5冊だからね。
開架図書コーナーは蔵書数の多さからだろうが、きちんと細かに分類されている分、ブラリと眺めて物色するには不便である。
例えば、大前研一の著書を探そうとすると、複数の書棚に分散されているのである。
その点、岩見沢や栗沢の図書館では、ひとつのラックでことが足りる。(^_^;)
なにげに「南方熊楠全集」があり、全部借りたい衝動にかられるが、返しに行くのが容易ではないので、諦める。(^_^;)

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