« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »

2007年5月

2007年5月26日 (土)

私の本棚070526「幸せかい?」

『お兄ちゃん』(倍賞千恵子著 廣済堂出版;1,429円+税) 4331505936
タイトルは、故渥美清氏の口癖だそうだ。以前にもTVで聞いたことがあるが、短いが含みの多い言葉だね。
「男はつらいよ」シリーズで長らく妹さくらを演じ続けて、本物の兄妹感覚でいたことだろう。映画を見ていても、演技臭さを感じたことがない。役になりきるということでは、倍賞千恵子という女優は日本の誇りだな。

知らなかったが、中標津に家を建てているとのこと。地元との交流もあり、人柄が表れている気がする。
渥美氏が訪れることはついになかったということだが、お祝いにもらったお金で冷蔵庫を買ったということだから、お料理のたびに渥美氏を思い出すことができることだろう。

俳優としての渥美清は寅さんのイメージがあまりに強すぎたところがあるが、故横溝正史は金田一耕助を渥美清のイメージで設定していたということだ。「八つ墓村」で本当に金田一耕助を演じたわけだが、私としては石坂浩二の方が勝ちだなあ。

|

2007年5月24日 (木)

【私の本棚070524】嗚呼、なつかしきホームドラマたち

『「時間ですよ」を作った男 久世光彦のドラマ世界』(加藤義彦著;双葉社 1,500円+税)
9784575299540

いやはやとにかく抱腹絶倒(^_^;)。「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」といったホームドラマを見ながら育ってきた私にとっては、そこに綴られているシーンはどれも断片的とはいうものの、かなり鮮明に映像記憶として残っているものである。(同じだけ勉強のことが残っていたらなあ・・(^_^;)
読みながら「やはりな・・」と思ったのは、堺正章と樹木希林(当時は悠木千帆~後に芸名を競売にかけた)の芸達者ぶりとその演技魂である。松の湯での「トリオ・ザ・銭湯」のギャグもなかなかのものだった。
再放送すればきっとあたるのではないかと思う。
現在、あふれるほど放送されている芸能人ギャグ、バラエティーものから生まれる低級な笑いではなく、芸術的ともいえる絶妙の笑いは、現代人に再びふれさせる価値があるのではないだろうか。

読みながら、昭和のあのころを思い出し、懐かしい気持ちに浸ることができた。
今年から4月29日は昭和の日となったわけだが、激動の時代を忘れないために・・といいつつ、どこか戦争美化や戦争正統論につながっていくような気がして、穏やかでない印象がある。むやみに元号を関した祝祭日はもうけない方がいいと思っているのは、私くらいなのだろうか。
今じゃ、内湯があたりまえの世の中だが、銭湯を中心としたコミュニティは、どこかホッとするところがあった。それぞれ生活を営むもの同士が、つかず離れずに相互扶助し合いながら生きていた・・そんな時代を取り戻そうという趣旨の「昭和の日」というのなら、諸手を挙げて賛同するところなのだが・・。

|

2007年5月22日 (火)

【私の本棚070522言語としての手話を考察する】

9784121018878
『遺伝子・脳・言語』(堀田凱樹・酒井邦喜著;中公新書 780円+税)

科学者と一般人が特定の科学問題について議論を交わす「サイエンス・カフェ」というイベントがある。筆者二人と参加者とで織りなす話題のあれこれを集録したものだが、なかなか興味深いことが結構あった。
なかでも「手話の脳科学」に関心を持った。
後天的に聴覚障害を持った人と先天的に聴覚が機能していない人とでは、言語処理に違いがあるのだろうくらいにしか考えたことがなかった。
国や地域、種族によって異なる音声言語があるが、手話も国によってまちまちであり、エスペラント語のように世界共通言語なのではない。
エスペラントが成功しなかったのは、共通語であっても地域によって言語が変化してしまうという現象結果があったからだ。それと同様に手話もまた地域により異なってしまうのは必然ということだろう。
音声言語が緩急・強弱によって表情を変えるように、手話もまた顔の表情や動作の変化を補助として表現が微妙に異なってくることが読んでいて、よくわかった。
ちなみに世界中では、6000もの言語があるということだ。国の数より多い!!(^_^;)

|

2007年5月21日 (月)

【私の本棚070521鍛国研メンバー必携書】

4121018753
『「国語」の近代史 帝国日本と国語学者たち』
(安田敏朗著;中公新書 880円+税)

長らく「鍛える国語教室研究会」という国語授業に関する研究会に参加してきている。
主宰は野口芳宏氏である。言語技術に焦点を当てて授業づくり(教材研究+授業をまとめて”授業づくり”ということにしている)を研究している。
勢い、教科書と辞書や関連書物の3点セットとあとは授業者の熱意があれば事足りるような印象があるが、ここで紹介した本も基底知識として持ち得ているかどうかということで、研究の深みが全然違ってくることだろう。
いやはや全く、世の中知らないことばかりである。知っていることをしゃべっていても、更に更に深いことで知らないことがいくらでもあるものだから、いつも謙虚であるべき必要があるということだ。

はじめに
「国語」とは何だろうか。この単純な問いから本書を始める。

ガ~ンと来たね。国語(科)とは正しい日本語を教える教科だと疑いもなく、半ば信念でもっていたことだが、改まって問われるとタジタジとしてしまう。48年も日本人やっていて、ちっともなっていない己のアホさかげんが暴露されるというものだ。これで教師やっているんだから、恐ろしい(^_^;)。
鍛国研メンバーは近代「国語」事典として必携の一冊だろう。

|

2007年5月20日 (日)

【私の本棚070520闘え!純米酒!!】

4582824501
『闘う純米酒 神亀ひこ孫物語』(上野敏彦;平凡社 1,500円+税)

神亀酒造7代目蔵元 小川原良征が純米酒づくりに賭けた半生記という感じの力作である。酒好きなだけの理由で読んでみたのだが、感動した。とりわけ税務署の対応がなんとも徴税のためだけにあくせくする悪代官のような印象を受けた。(そんな税務官ばかりじゃないんだろうけどね)
今やどこの酒店や量販店にも純米酒は当たり前の顔をして並べられているが、これは昔には当然だったことが、時代背景や消費者の嗜好や所得問題との兼ね合いから、しばらく姿を現すことができないでいたということが分かった。知らないことはホントに多い。
この蔵元、埼玉県蓮田というから、理科で有名な小森栄治さんの学校のあるところだ。
米や水に恵まれた土地柄というわけでもなく、要するに「酒は何よりも人が造るものなのだ」という真理に帰結する感動の書だ。(酒は作るじゃなく、「造る」という壮大な語用にも改めて感動するなあ(^_^;)

「日本酒は稲作文化の生んだ偉大な華」

ううむ、秀逸の一言だ。

芝浦工大教授 古川修氏の本。
『世界一旨い日本酒 熟成と燗で飲(や)る本物の酒』(光文社新書)
神亀の「海」「空」を呑んだときの感動を書いたものだという。

嗚呼・・・呑みてえなあ・・・(^_^;) 

|

070519累積国語研参加

ひさしぶりに累積国語科学研究会に参加。
Dscn6004 後ろが会場の教育文化会館。
4階の同フロアで国境無き医師団のイベントがあり、そちらにも行きたかったのだが、自ら授業をする立場なので断念。(^_^;)
結構参加者がいたので、関心が高いのだなとある意味ホッとした。
国語研究会の方は20人程度のアットホームな感じであった。
今回は、授業者がひたすら持ち時間45分の授業をするというもの。
領域は「読むこと」のみということで、面白い企画であった。相談したわけでもないのに、詩歌やら説明文やら物語文やらと多ジャンルに渡って、それなりに満足のいくものだった。

Dscn6007 Dscn6011
授業者が2名出席できなくなったが、事務局の森さん(札幌市立向陵中学校)が2本、堀さん(上篠路中学校)が1本と即興で対応していた。即座に持ちネタを出せる力量は見習うべきところだろう。
TOSSで言えば、授業技量検定D表授業の持ちネタ(もちろんオリジナル)を10本程度は持っているべきなのと同じことだと思う。
ちなみに、私は栄えある?(^_^;)25級だといったら、驚きの笑いが起きていた。もっと高いと思っていたようだ。
TOSSはそんなに甘くないね。(^_^;)25級は学級担任としては、一つの水準値であると考えている。
だれもが25級の力量をつければ、日本の教育は国際的にも相当な評価を受けることであろう。
ちなみに私の授業は「わすれられない おくりもの」(スーザン・バーレイ著;教育出版3年)である。昨年、岩見沢市立南小学校で野口芳宏先生が扱われた教材である。すでに、私の勤務校でも2年生で授業したものを、大人向けにちょっとアレンジしたものであった。この教材で深層義に迫るというねらいと主人公をしぼれない作品の場合についての解説も加えてみた。
主人公のとらえ方を探るだけでも、国柄や歴史的は背景、文学形式によってさまざまであることが分かる。
豊かな読みの力を付けるための”読者論”に立つ、一つの授業として問題提起したつもりである。

|

今朝の散歩

今朝はめずらしく6:00近くになっても犬がさわがないので、ゆったりした日曜日を迎えることができた。
Dscn6014

いつもの岩農周回コースに行く。レトリーバー種というのは鳥猟犬なので、本能的にものを加える習性があるようで、散歩途中で空き缶でもゴミでもめざとく見つけるとバクッと加えてしまう。そのうち悪いものを食ってしまって、死ぬんじゃないかね。(^_^;)
国道234号線側に出ると、岩農の水田があり、防雪林下にサクラソウ系列と思われる園芸種が群生している。
Dscn6017 Dscn6019

今の時期は、ウツボグサが目立つ。

|

2007年5月13日 (日)

刑務所に殺到?!

民間刑務所ができるということでTV報道されていたが、山谷の木賃宿よりはよっぽどましな簡易ビジネスホテルという様相だった。(^_^;)これで三食付きってんじゃ、軽犯罪やって入所してもらう方がいいと思う人間がいてもおかしくないなあ。(^_^;)ベッドにTV付きときたもんだしね。おそらくすぐに満員御礼となることだろう。(なってほしくないものだけど)

|

夕張はこれで再建できるのか?

朝、TVを見ていたら財政再建自治体となってしまった夕張が映し出されていた。
某観光会社が市内の施設を管理することになり、周遊券方式(つまり、一箇所観るのも全部観るのも同額)を取り入れたとのこと。過日、女房が母親と出かけてきてそのことが分かったのだが、一人三千円強の料金。
東京から来ていた家族は、「ちょっと高すぎる」といって、お目当ての石炭の歴史村に入ることなく帰って行った。(^_^;)なんともはや気分を害して帰京させてしまったのではないだろうか。
アナウンスによると昨年でもGWに千人以上の来場があったということだが、今年のGWはその五分の一の入場者数ということだった。(ホラみたことか)ロボット博物館のロボットは小学生の工作作品のようにセロテープで補修してあったり、天井からの雨漏りがあったりと散々だ。
田舎のバス料金と同じで、客が少ないから客足が減っても単価を上げることで収益を増やそうという思惑のようだが、これでうまくいった話はきいたことがない。悪循環の繰り返しで、路線廃止の運命をたどるのが多い。
加えて、市民ボランティアを募って施政運営を・・としているのだが、市民への金銭負担増に加えて、使役奉仕までせまられるんじゃ、全く市民は踏んだり蹴ったりだろう。
映し出されていた周りの山々は、山桜でキレイに彩られ・・・といいたいところだが、夕張の景気と同じくくすんだ灰色であり、寒々とした印象をぬぐえないものがある。

同じ山並みに囲まれている富良野と比べるとどうにもやりきれないほどの差を感じてしまう。富田ファームに象徴されるように入園は無料(もちろん、バスの駐車場もタダ)だし、他にも無料施設が点在する。何よりも季節の移り変わりとともに観る景色そのものが売りである。上富良野には後藤純男美術館(これは有料だけど、金はらってでも見に行きたいところのひとつ)があり、収蔵作品は、未完成のものまであり、時々アトリエに移してしまうために必然的に展示作品が入れ替わるということになる。いつ行っても客が多い。十勝岳連峰の泉脈があるため温泉も随所にある。
夕張も黙っていても客の方からリピートされるように、もうちっと知恵をはたらかせないと駄目だな。

|

【私の本棚070513】海藻食って元気でいよう

9784425883219
『海藻の栄養学』(大房剛著;生山堂書店 1,600円+税)
私の大学での専攻は海藻である。(^_^;)植物学や理学部の中でも
超のつくマイナーな研究ジャンルである。しかも、教育系大学にあって
理科の海藻研究ということだから、最初にその話を聞いた人は必ず???が
たくさんつく印象をいだくようだ。(^_^;)
それはともかくとして、大学時代の指導教官がしきりに言っていたのは、
日本は四方を海に囲まれているのだから、”海”を教材にしないのは
おかしい。是非、挑戦してみてほしい
ということだった。もっともなことである。そんなこともあり(ないか(^_^;)
新卒以来10年間は浜辺の学校に勤務していた。最初の学校では、海水槽を
作って間近に海の生き物を観察できるようにした経験がある。
海水槽の難しさは温度管理である。還流系の水槽の場合、15℃よりも温度を
上げてはいけない。海水に含まれるタンパク質物質の腐敗が進んでしまい、
水が汚れて、結局は飼育物が全滅してしまうのだ。結局、温度を下げるために
クーラーを設置することになるが、これが結構高い。温度を上げるヒーターは
大したことがないが、クーラーは高いのである。私の在職中は、夏期間を避けて
設置していたのだが、退任後は、PTAからの寄贈でクーラーを導入したようである。
(というのも、初任校の新築祝いに行ったら、そういう状態になっていた)
閑話休題。
本書は主立った海藻として、海苔(いわゆる岩のり系列。スサビノリ・ヒトエグサ
アサクサノリなどの紅藻類)・ワカメ・昆布・ひじき・もずく・寒天(これは
テングサなどの海藻からの煮出し汁から作るのである)の栄養成分と効用に
ついて科学的な分析データを元に書き上げらたものである。
食材としての海藻類の地位をもう一度復権させるためにも、読んでみてほしい
一冊である。折しも、「食育」が盛んになってきている。是非。

今日は引用紹介部分はなし。

|

今日の昼070513

今日は、岩見沢ダイエー裏 七条通りにあるラーメン店「仙龍」でしょうゆラーメンを食べる。
Dscn5996 ごく一般的なラーメンだった。(^_^;)
西山製麺の太縮れ麺だから、麺にはそれほどのこだわりがないようである。
私はしょうゆラーメンが好きということもあるのだが、新しい店で食べるときには、味の好みを判断するために、どうしても食べ慣れているしょうゆラーメンを注文することになる。
チャーシューがちょっとしょっぱい。
昼時ということもあってかほぼ満席で、食べ終わる頃には、立ち待ちの客までいた。
来店している顔ぶれをみると意外なほどにお年寄りが多い。近くの住民然とした様相の方々がいるので、おなじみさんが多い店なのだろう。これを支えているのは、メニューの品数の多さではないかと思う。それと半ラーメンに半どんぶりものも多いので、高齢者にはちょうどいいのかもしれない。
高齢社会は岩見沢にもやってきているが、こういう店が結局は生き残っていくのかもしれない。

|

2007年5月12日 (土)

070512今日のお散歩

今朝は、娘の登校に合わせて千歳向陽台方面を散策。
この方面は新興住宅街と思いきや、結構古くから拓けていたところもあり、売り家・売り地が結構あった。
中でも面白かったのは、整備された庭をそのまま売っているという売り地。(^_^;)
Dscn5991 Dscn5992

てっきり家を取り壊して、庭はつぶすのが忍びないので、そのまま転売しようと考えたのだろうと思いきや、なんと最初から家は建っていなかったとのこと。(^_^;)目を疑ってしまったね。ちなみに坪7万円で280坪ほどだという。後は家を建てるだけ(^_^;)。

近くをウロウロしていたら、見事な桜並木。北海道は桜のピークを回ったところなのである。
Dscn5990 冬場となれば、現在岩見沢から通学している娘は、さすがに片道2時間という所要時間にはリスクが伴うので、学校近くにいい物件はないものかと物色している。
過日、女房と娘が見つけたのがドミニオという1ルームマンション街である。
19畳の広さにバス・トイレ・キッチン(一応対面式(^_^;)付きで、4.3万円也の物件をみつけてきた。横浜や世田谷暮らしをしていた娘にとっては、天文学的広さ(^_^;)に、目を白黒させていたが、数件まわると馴れてしまったというから、恐ろしい。(^_^;)
22畳の1Kというところに住んでいる同級生がいるようだが、ベロ~ンと広いだけだとどこか寒々とする感じがすることだろう。近くに、管理棟(プールやスパやレストラン・CAFEなどが収容)があって、立派な建物だった。これでこの一体が14年ほども経過しているというからすごい。
Dscn5989 千歳空港までは10分ほどで行けるということなので、測ってみたらほぼ11㎞で12分少々であった。(途中信号は全くなし)ドミニオを造成したときには、リゾートマンションとして分譲したということで、なるほど納得の立地条件である。石田純一も購入したことがあるという話しであるが、真偽の程はわからない。(^_^;)

千歳のポスフールにいったら「父の日」似顔絵展が小さく開催されていたが、みるからに酒井式でやったな(^_^;)と思われる繪に遭遇。
Dscn5993 Dscn5994

恵庭の小学校の児童作品だったので、ひょっとすると酒井塾超常連の方が指導されたものかもしれない。(^_^;) 
ほほえましい出来映えである。 
帰りは、長沼のはずれにある「アンサンブル」というレストラン隣接のパン屋さんに寄ってくる。写真は、アンサンブル。
Dscn5995 夜ともなると田舎道にひときわ眼を引くように、ブルーにライトアップされていて、大変きれいなところである。レストランメニューを見たら、ランチコースでも結構高かったので、今回はパンのみにて我慢。(^_^;)

|

【私の本棚070512】たかが鮨とは言えなくなる本

4103031514
『失われゆく鮨をもとめて』(一志治夫著;新潮社 1,400円+税)

日本全国鮨食べ歩き紀行・・・という内容かと思いきや、これが結構
骨太で読み応えのある本だった。
佐藤衛司(えいじ)という鮨職人との出合いから始まり、佐藤が求める
鮨ネタを求める”探訪記”というにふさわしい一冊である。
面白いルポライターを発掘した気分である。
職人の名に恥じないこだわりの取り組みがつらつら書かれていて、うれ
しくなってくる。(目黒にある鮨店としか紹介していない)

-----(引用開始) そこで、親方がつかんだのは、「二十分の法則」
だった。
「お鮨にとってしゃりは一番大事。しゃりの語源は仏舎利のしゃりですね。
だから、いかにぱらぱらに、さらさらに作るかとみなさん思っている。
炊いて、酢を合わせてしゃり切りしたときに、できるだけ粘り気を出さない
ように、と。でも僕は決してそうは思わない。お米というのはね一粒一粒
炊きあがったときに、周りから少し粘り気が出るのが絶対の旨味だと僕は
思っている。不味くなるのは、米粒が割れとヒビを起こしたときに中から
ぬめりが出るからなんです。それを起こさないようにしながら炊飯するわけ
です。」 
(以下、その炊き方のレシピが掲載されているが省略)

(美味い日本酒を探すところも秀逸。河井というのは酒屋の名前である。)
河井の店を見つけたのは、目黒の古参客、通称「横浜支店長」の平家豊である。
目黒の常連たちつまり各支店長たちは、旨い鮨を食べるために、自分たちで
旨い酒や酒屋まで見つけてきてしまうというわけだった。ちなみに、この古参
客ばかりが集まる「支店長会議」なるものが希に目黒で開かれることもあり、
それはそれは恐ろしい酒宴になるらしい。(中略)生ビールを飲んだあと、
河井が学んだこともあり、親方の店にも卸している「阿部勘」を頼む。
もっとも、目黒に入ってきている酒は、たとえ同じ酒蔵、銘柄であっても、
中身は違う。たとえば、鑑評会に出すために造られた酒の残りが流れてきたり
するのだ。一升瓶にして五本とない貴重な酒である。それは、河井が苦労を
重ねて手に入れた酒だが、親方は「全部くれ」と言ってきたりするから、油断
ならない。あるいは、「志太泉」が親方の店のために造る24本の酒がある。
ラベルは手書きだ。そのうちの8本は独占したがるが、河井からすれば「鮨屋
に6本いって、酒屋に2本ってのはおかしい」ということになる。とにかく、
この「志太泉」の「中取り」をめぐっては、毎年二人の間で小さな攻防が繰り広げ
られているというわけである。そして、「志太泉」に限らず、この河井の店に
入ってくる一番いい酒のほとんどすべてが、目黒に流れていくというわけだった。

-----(引用終了)

もう、これを読んで行ってみたくならない人がいたら、おかしいくらいだろう。(^_^;)
私も金を貯めて、上京したら行ってみようと思った。

|

2007年5月 9日 (水)

私の本棚070509読む「擬態」本

『似せてだます 擬態の不思議な世界』(藤原晴彦著;DOJIN SENSHO 1,500円+税)
専門家なだけに、”擬態”をあれこれ解説紹介していて、興味深い。とりわけ、擬態の型を示しつつ、様々なエピソードを交えているのが読者向きである。
残念なのは、掲載されている写真や図版が少ないところである。せめてスケッチくらいはほしいなあ。(^_^;)

--------(引用開始) ハナカマキリが面白いのは、小さな幼虫の時期には赤と黒の紋様からなるまったく別の虫にカムフラージュしている点だ。そのモデルはカメムシの一種とされる。カメムシは臭い液を敵に吹きかける、嫌われ者の昆虫だ。つまり、赤と黒の紋様はカメムシの警戒色であり、嫌われ者(別の言い方をすれば、強いキャラクター)のカメムシに似せて、幼いハナカマキリは難を逃れようとしている。これはベイツ型擬態の一種といってよい。ハナカマキリも小さいころはしょせん弱い昆虫の一つにしかすぎない。食われる側から食う側へのハナカマキリの変身術は、野生の生存競争の厳しさを感じさせる。 (引用終了)----------

カマキリは不完全変態の昆虫である。つまり、孵化してしてから、幼虫~さなぎ~成虫という変化をしながら成長するのではなく、孵化したときからカマキリの姿で脱皮を繰り返す。
ハナカマキリの成虫の姿は一般的によく知られているところなのだが、幼虫時期の赤黒紋様がどのようについているのか?というのは、写真でも図版でもお目にかかったことがない。
ここはぜひ掲載してほしいものだなあ。文字だけを頼りの解説だとなんともイメージしようがないのが、生物の姿である。内容がいいだけに、図鑑要素をもうちっといれてほしかった。

|

2007年5月 8日 (火)

私の本棚070508デフレ居酒屋?!

『パイナップルの丸かじり』(東海林さだお著;朝日新聞社 1,000円+税)
おなじみのまるかじりシリーズ。あたまがくたびれたときには、椎名誠か東海林さだおを読む。(^_^;)
絶不調の時には2人の対談集なんぞを読んで、回復を図る(^_^;)。
今回は、デフレ時代の究極の居酒屋ともいえる「100円居酒屋」が紹介されていて、さすがにたまげた。

-----(引用開始) 「当然殺気立っているんだろうな。怒鳴り合いながら、つかみ合いになりながら飲んでいるんだろうな」と思うかもしれないが、店内はワイワイ、ガヤガヤ和気ワイワイ(こんななごみのしゃれの聞いた書き方をするのがいいんだね~大谷註)、全員ニコニコ。”100円の威力”が、ここにいるすべての人の心を和気ワイワイにしているのだ。 (引用終了) -------

なんでもない食べ物や食材について東海林氏が書くと、どれもこれも喰ってみたくなる。平凡な綴り方ながら読者の脳髄にしみこんで小脳を刺激するような文体が食欲をそそるのだろう。ううむ。勉強になるなあ。(^_^;)

|

2007年5月 7日 (月)

私の本棚070507問題解決力を高める

『図解!解決力~わかる!できる!創造技法の本』
(高橋 誠著;日科技連 1,700円+税)

この手の本は、実にたくさん出版されてきて、私もあれこれと読んできたのだけど、この本は今のところわかりやすさと読みやすさではベスト3に入る出色のものと感じている。
見開き左に解説、右に図表で構成されていてシンプルである。権威的に分かりずらそうに書かれていないのが好感を持てる理由の一つである。そして、これが肝心なのだが、どうすればいいのかが技術レベルできっちりとしめされているので、ハンドブックとして重宝なのである。

ただ、最後の最後に出てくるカルロス・ゴーンの「日産リバイバルプラン」絶賛部分が今一。というのも、ここにきて好調日産にかげりが出てきているからだ。大前研一氏に言わせれば、単なるコストカッターという評で、ディーラーも含めて生産から販売までの統轄力量を見ない限りにおいては、ゴーン氏の経営力量の真価がわからないだろうと考えているからだ。

とはいえ、先の見えないサイバージャングルを切り拓いていくためのスキルを本書から学んでいけるだろう。

|

2007年5月 6日 (日)

私の本棚070506身体脳のすすめ

『脳 ひとり歩きの時代~バーチャル脳を身体が救う』
(勇﨑賀雄著;河出書房新社 1,700円+税)

脳科学の本だとばかり思っていたら、逆に脳科学ブームに警鐘を鳴らす内容だった。
養老孟司氏や茂木健一郎氏への批判は当然のごとく入ってくる。続いて「心の世界、宗教の世界」について触れてくるので、ちょっと目にはうさんくささを感じてしまう人がいるかもしれない。そうかと思うと「日本文化と植物性身体(これが本書のキーワードになっている)」について武士道や芸道について縦横に語るといった、現代病への警告の書だということがようやくつかめてくる。(にぶいなあ・・(^_^;)
いつものように、いくつか興味ある部分をピックアップしてみる。

-------(引用開始) 勉強のよくできるエリートを勉強の嫌いな体育系の人間が否定する場合、ともするとわたしがいう(植物性身体)が安易に短絡した結論を出したり、さらには蛮勇を誇るたぐいのものに堕としてしまうことがある。そして、そうした排他的な〈動物性身体〉の直情的行為はままいじめに結びつく。低いレベルの脳とは排他的な自己中心性がそのまま好き嫌いといった下位の感情と結びついた幼児的な脳のことをいう。

女性が子を産むという生理を放棄してしまうと、女性はどうしようなく自分勝手になり排他的でいじわるなオニババアになってしまう可能性がある。(中略)女の生理を放棄した人間は、女でなくなるだけではなく人間として生物として存在する場所を失うのである。

日本の文化は、〈植物性身体〉の文化である。ということは芸道の稽古は〈植物性身体〉の養成ということになろう。では、その〈植物性身体〉養成の一番基本になる稽古は何かと聞かれたら、わたしは「掃除だ」と答える。「行の出発点は掃除だ」といってもいい。(中略)身体のゆがみを調整する時、四つ足状態から、垂直へ移行した段階の姿勢を活用することは絶大な効果がある。その一番分かりやすい形が雑巾がけである。(中略)四つんばいで雑巾がけをするという基本の行は現在の日本の社会でいじめに苦しんで「自殺願望」を抱いたりリストカットを繰り返している若者の心身の改善に、すなわち他人の言動に過剰に反応して自分を被虐的に追い込んでいる若者の心身症回復にも非常に効果がある。

(ギターを弾くことが脳の正常な働きを回復させることにふれて)しかし、このギターの効果が心身症のどこまで有効かというと当然そこには限界がある。薬物が加わった〈動物性身体〉の邪氣には最終的には無力だというしかない。これが、ジミー・ヘンドリックスの死であり、エルビス・プレスリーの肥満であった。

「だまされるのは、だまされる人が悪い」という発想はアメリカ人の典型的なある意味で合理的な〈頭脳知〉的な発想である。しかし、そこに生じた無理からもうひとつの西欧人独特の〈動物的身体〉の排他的発想が生まれてくる。何でも悪いことは人のせいにして訴えるという考え方である。   (引用終了)-----------

いやはや、挑戦的とも過激ともとれる筆致ながら、ぐいぐいと読まされてしまった。同時に日本人の和の文化ということも改めて考える好機となる書であった。

>表紙を見る

|

« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »