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2007年10月 8日 (月)

【私の本棚071008】しゃしゃれる教室

『だから、僕は学校へ行く!』(乙武洋匡著;講談社 1,143円+税) 978-4-06-213633-4
以前に読売新聞社主催の教育ルネサンス イベントでTOSSと授業づくりネットワークの上條さんがメイン講師として同じ舞台で授業実践を公開し合ったことがある。
終盤のQ&Aの時に『五体不満足』著者の乙武さんが質問していた。その会場には教師しか入れないというわけではなかったので、一般参加者に混じって来場されていたのかと思っていた。実際には、その時には教師を目指して勉強していた時期なのであった。
現在は、新宿区の「子ども生き方パートナー」を経て、杉並区立杉並第四小学校の教諭となっている。
その彼が、全国の学校現場を歩いていた経験を独自の眼で分析しているのが本書である。
中でも、私が気になった部分は「しゃしゃる」の一節。”しゃしゃる”とは、簡単に言えば、級友学友の中にあって目立つ行為をすることを指す。
===== (引用開始) 
親からは他人の目を意識させられ、意見を言えばブーイングされる。さらには授業中に手を挙げれば、級友から「しゃしゃってる」と罵られる。そんな環境で育てば、人前で意見を言うことに臆病になってしまうのも無理はない。だが、その結果がいまの大人社会に色濃く反映されていることは自覚しておく必要があるだろう。
 たとえば、職場での会議。進行役がいくら盛り上げようとしても、誰もが顔を伏せて黙りこくり、まるで議事が進行しなかったなどという場面を経験したことはないだろうか。 
☆(大谷:私は、研究会や研修会等の中で司会をする場合は、このような場面を回避するために、下ごしらえをあらかじめしておくことがよくある。極端な場合、"桜"を用意することさえある。(^_^;) ☆ 
一昨年春、ドイツ人の研修生と知り合いになった。彼は、最初の二ヶ月間を日本の企業で、さらにそのあと、外資系企業で働く機会を得たという。
---- それぞれ働いてみて、どういう点がいちばん違っていた?
僕の質問に対する彼の答えは、じつに興味深いものだった。
「やっぱり会議の活発さ。外資系企業では上下の区別なく、それぞれ自由な雰囲気で意見を言い合っていたけれど、最初に行った会社では、周囲の顔色をうかがいながら・・・というところがあったよね。」
 他人の前で意見が言えない。それは学校だけが抱える問題ではなく、大人社会でも同じような状況が起こっている。社会人になっても、上司や同僚の前で自分の意見を発表することは、できれば避けたいと考えているのだ。
 これは、国家としてのダイナミズムにもかかわる問題--そう考えるのは、あまりに大げさだろうか。
 (引用終了) =========

この引用部分に先立って、ある中学校での生徒達とのインタビュー授業が紹介されているのだが、これが重い。(^_^;) 高学年~中学生となっていくにしたがって、あまり発言しなくなっていく子どもたちの様子を容易に想像できるからである。
それに比べると、我が校の子どもたちは実に素直で、むしろ「しゃしゃりでるのが大好き」という子が多い。
先だってのALTの授業にしたって、全然物怖じせず、ALTと並んで踊り狂う(^_^;)のを楽しんでいるくらいだ。
写真は、その時に写したもの。スマートボードを使ってALTと授業をする前に、私が事前授業として使い方を伝授する授業をした。おなじみの「髪形かた考える明治維新」の授業である。
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ものおじせずに素直に自己表現ができる教室環境を作っている六年団の力量というものが背景にある。(これ、六年生です。(^_^;)
高学年となって、あまりしゃべらなくなる現象を嘆いているよりは、どうすればそれを打破して、楽しい授業ムードを創り出せるのかを考えることが肝心なのである。原因は自分にあると考えることで、学級づくりのアプローチが変わってくるのではないだろうか。

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