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2008年8月

2008年8月18日 (月)

私の本棚080817夏休み最終日

【私の本棚080817夏休み最終日】
『野村の「眼」~弱者の戦い』(野村克也著;KKベストセラーズ 1,500円+税
ISBN 978-4-584-13056-8)

クセなのにみつけられない

さすがに名物監督としてならしてきたID野球の野村氏らしい好著。
生い立ちから選手時代のエピソードや同時代を生きてきた選手・名将たちへの分析か感想など、これからリーダーとして貢献していく立場にある人間にとっては、いろいろと示唆に富む内容である。
中でも紹介したいのが、「神様、仏様、稲尾様」(これを知っているのは結構な歳でありますね。(^_^;)で有名な稲尾和久にやられっぱなしだった時に、当時としては珍しい16㎜カメラで投球フォームを撮影記録して、分析するというシーンである。
稲尾の投球フォームはどの球種でも全く変わらないため、誰もが攻めあぐねていたところである。だから、日本シリーズ4連投4連勝優勝なんて快挙ができたわけである。(4連投だけでもウルトラ的にスゴイのだけど)
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P.123~124
 最初の感じでは、稲尾のフォームには特徴は見当たらなかった。きれいな安定したフォームで、違った球を投げ込んでいる。だが、ビデオテープ(大谷註;フィルムのことであろう)が擦り切れるまで繰り返し見ているうちに、かすかなヒントが見つかってきた。ワインドアップして頭上で両手を組む際に、ボールの白が見えるときと見えないときがあるのだ。さらに注意して見ると、ボールの白が見えないときは内角には来ない、白がわずかに見えるときは100%内角に来るという特徴がわかった。
「これだ!」と思った。稲尾の武器はシュートとスライダーだ。内角に来ないとわかれば、外角のスライダーかストレートに的を絞ればよい。反対に内角に来るとなれば、シュートを打つ用意をしておけばよい。この特徴を発見したことで、対戦成績は確実に向上した。
 当時の投手は大まかなもので、ボールの握りを隠すような細かい注意はしなかった。私はそこに注目し、クセを読み取って、大いに打ちまくっていた。流石に稲尾はそこまでのんきではなく、ちょっと見ただけでは握りなどわからないような投げ方をしていたのだが、16ミリカメラとしつこい情報分析で、クセを見つけることができた。

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ううむ。
野村氏をして、そこまでしつこく見続けてようやくたどり着くものなのだな・・と感心してしまった。
ここでふと、擦り切れるまで・・で思い出したことがある。法則化~TOSSの高段者たちはいずれも向山さんの授業テープや授業ビデオを繰り返し繰り返し視聴して、その授業技術を獲得してきている。
その前では、新潟の大森修さんが向山さんの著書をボロボロになるまで、繰り返し繰り返し読みこなし、その技術や技能を学んできていた。
向山さんをして「私は大森修という一人の読者を得たということに、本を出した値があったと感じる」というような趣旨の話をされていたことがある。

数ページ前の見出しに「稲尾が私のレベルを引き上げた」という一項目がある。これまたイチローの逸話を思い出す。田坂広志氏がよく引用されるイチローとハドソンの関係である。
アスレチックスのハドソンを打ちあぐねていたイチローが「ハドソンが苦手か?」というインタビューに対して「いいえ。彼は自分というバッターの可能性を引き出すすばらしいピッチャーです。」と返答した話である。
野村氏は稲尾との戦いを通してこう言う。
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稲尾を攻略するにはどうするか。いろいろ知恵を絞る中で、打者としての私は成長することができた。
「一流が一流を育てる」と常々、思っている。一流がいるから、一流を倒そうと努力する。なんとか互角の勝負に持ち込もうと手を尽くす。稲尾は後輩だが、私からすれば、「一流のレベルに引き上げてくれた恩人」といってもよいかもしれない。(中略)
好投手は好打者をつくる教師であり、好打者も好投手をつくる教師だ。稲尾は私にとって最高の教師だった。

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全く同じではないか。
プロの中のプロフェッショナルというのは、同じような体験をしてきているわけだ。
凡人には到底実感できない世界がそこにある。

高卒からテスト入団してたたき上げてきた野草魂から出される言葉には、いろいろと触発されるものが多い。
一読するといいだろう。

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2008年8月15日 (金)

『仕事道楽』スタジオジブリの現場

私の本棚080815終戦記念日
『仕事道楽』スタジオジブリの現場(鈴木敏夫著;岩波新書740円+税)

作者の鈴木さんは今でこそジブリのプロデューサーとなっているが、当初は徳間書店の一社員として関わっていた方で、ジブリの裏話はもちろんのこと、スタジオジブリ設立までのいきさつやら徳間書店との関わりやらと、どれもこれも興味深いことがらでいっぱいである。(メガネをかけた顔は「60才を過ぎたイチローは、たぶんこういう顔になっているんじゃないか」と思わせるものがある。
読み始めて、ふと今日が締め切り原稿が一本あることを思い出し、中座して書き始めるが結局身が入らず、読書に戻る。(^_^;)
こういうときは素直に読み切ってしまった方が精神衛生上よろしい。(^_^;)と勝手に決め込んでしまう。

中で男鹿和雄さんのことが出てきた。札幌芸術の森美術館で男鹿さんの展覧会が開催されたこともあって、興味深かったので紹介する。

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『トトロ』で描かれた自然

『トトロ』の美術を担当したのは、当時まだ30代だった男鹿和雄さんです。トトロの大きな魅力のひとつが、あそこに描かれた里山の自然環境であることは誰もうたがわないでしょう。それほどすばらしい仕事だった。背景の自然風景で、観ている人は知らず知らず、季節の移ろい、時間の経過を体感している。たいへんな力量を持った絵職人です。このあいだ(2007年7~9月)、東京都現代美術館でジブリ作品を中心に彼の展覧会が開かれたのですが、超満員で美術館がはじまって以来の客の入りだそうです。むろんトトロだけではありませんが、「トトロの森」のファンが多かったろうと思います。(中略)宮崎監督は、作品づくりに入ると、ふだんと違って厳しい表情になるが、トトロに限ってはそうではなかった。『火垂るの墓』と二本立てなので、気が楽だと宮さんが言っていたのを思い出す。みんなが黙々と絵を描くかたわら、宮さんは近くのスタッフを相手に、楽しそうにお喋りをしながら絵を描いていた。突然、大きな怒声がした。
「うるさい!静かにしてください!」
男鹿さんだった。それだけ言うと、男鹿さんは、脇目もふらず、何事もなかったかのように、絵を描き続けた。スタジオに緊張が走った。だれも顔を上げない。
ややあって、宮さんが静かに立ち上がった。チョークを持って、男鹿さんの机のまわりに白い線を描く。
ここからは入ってはいけない。宮さんは人差し指を口に当てて、いたずら小僧よろしく、シーッとやりながら、ぼくをみた。

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それにしても、宮崎駿と高畑勲は名コンビかと思いきや、実に機微に富んだ関係であることが分かり、これまた面白かった。

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2008年8月 6日 (水)

080804 第13回国語修業講(参加記;当日模擬授業編)

夜中に隣室の長いシャワー音に悩まされつつ、なかなか眠れずに、イライラしていたら、自室バスルームの 換気音が原因と判明。(^_^;)3時過ぎにようやく眠る。と、6時半頃にモーニングコールが。頼んだわけでもないのになんじゃ?!と思っていたら、柳谷さんからのメッセージで朝食を食べに行きませんか?というものだった。そんなの前日の懇親会で言っておけばいいものを・・と、寝不足気味の中を身支度する。
強烈に天気がよく、早朝より朝市は大賑わいであった。朝市の中にある釣り堀でイカを釣り、そのイカの刺身をおかずに、カニ丼500円を食べる。
満足。(^_^;)現金なものだね。Dscn2261
Dscn2260 Dscn2264

ホテルに戻ってコーヒーを飲みながら新聞を見ていたら、矢田さんが降りてくる。東横インの簡便朝食セット(サービス提供)を食べる。彼は、朝市には行かなかったのである。

ホテルを出て、会場の一路大中山コモンへ向かう。
もう何回、ここで研修講座を受講したものであろうか。相当になじみがあるのだが、いつきても、ボロボロで小さな黒板消しのままで、辟易してしまう。当然ながら、黒板は粉だらけという有様である。ちゃんとやってほしいものだなあ。
模擬授業6本を一気に行う。
私は教育出版教材「わすれられない おくりもの」(スーザン・バーレイ)を焦点精査で行う鑑賞指導というものである。
教材文を読んだことがない人もいる中で、15分で焦点精査をせよというのが無謀なことであるが、しょうがなく行う。
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この教材は、起承転結のメリハリが弱い構成で、おまけに主人公のアナグマが早々に死んでしまい、回顧録といして話が展開するという、教科書教材としてはイレギュラーに近いものなのであるが、そういう教材で焦点精査を行うには、このような手法で行うと効果的ですよ・・という提案であった。
実は、この教材で授業するというのは、4日前にわかったことで、それまでは光村図書「海の命」をするものとばかり思っており、教材文もすっかり用意できていたのである。(^_^;)
なんともはや・・。それにしても、授業をしたことがある教材だったから、まだよかったものの、知らないで当日を迎えていたら、さすがの私も焦っていたことと思う。
しどろもどろの未消化の授業ながら、野口先生からのご講評はお褒めのことはあっても、咎められるところがなく、少々驚きであった。

ちなみに「海の命」は来年1月に旭川で行われる第14回国語修業講ですることになっていたのだが、あいにくと市教委の指定研修を受けなければならず、私の授業も講座も一切がなくなってしまった。(^_^;)なんとも申し訳ない気持ちである。

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2008年8月 5日 (火)

080804 第13回国語修業講(参加記;当日講座編)

午後の講座では、「社会科の新学習指導要領下で国語科の言語活動との連動をどう図っていくべきか」という趣旨の話をさせてもらった。
端的に言えば、社会科の学習用語を使って、学習後に批評作文を書いて、理解の定着と評価を図るというものである。
これまでの市販テストでの穴埋め(=知識偏重の社会科指導)を脱却する指導方法を提案するというものである。

ただ、PISA型の学力形成を促進させていく手法としては価値はあるだろうと考えている。
「読解表現力」「クリティカル・リーディング」といった有元氏の主張を取り込みながら、論理的思考を働かせ、社会事象を価値評価させていくという流れは、これまでにあまり無かった指導方法ではないかと思う。

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受講者の方々の表情からは、うなづきや納得が感じられたので、準備していった甲斐があったかと思う。

私の次は、旭川の小林智さんの講座であったが、さすがに中学校教師としての国語指導が随所に見られて、なかなかうちにはないキャラクターで面白いものだった。

サ~っと後片付けをして、17:00前には会場を後にすることができた。今回も野口先生とは一杯やることができなかったのが残念だ。酒井塾もそうなのだが、終わってからの懇親会で主任講師とともに酌み交わす時の話題から学ぶことが実に多いし、精神的に得ることが実に多い。
聞けば、8月31日(日)に帯広で野口塾があるが、そちらも日帰りということだから、当面、野口先生との呑み会がなく、残念に感じている。

長万部のかなやはドライブインも本店もすでに18:30を過ぎて閉店しており、カニめし弁当を購入することが出来なかった。一気に走って、22:00には岩見沢に到着することができた。そんなにとばしたわけではないが、車の流れがよかったのだろう。
洞爺湖サミット時期だったら、こんなわけにはいかなかっただろうから、ことさら早く感じたものである。(^_^;)

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080803 第13回国語修業講(参加記;前日編)

前日(8/3)
朝、9時過ぎに岩見沢を出る。
矢田さんを拾って、柳谷さん宅により一路、函館へ。
久しぶりに大野新道を経由して函館駅方面へ向かう。
大体、片道310㎞くらいもあるだろうか。
宿泊先 東横イン函館朝市で柳谷さんたちを降ろして親戚巡りと墓参りに向かう。
17:00より懇親会となっているので、実に慌ただしく動く。
懇親会場は、ホテル近くの「海光房」という居酒屋。
朝市の中にある居酒屋という雰囲気である。

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すでに松本さんや小林さん、渥美さんらスタッフが来ており、埼玉から参加いただいた越川(えつかわ)さんが一緒に加わってくれていた。塾講師をされている方で、国語修業講の参加者としては異色の方である。いずれにしても熱心な方であった。聞けば奥さんといっしょに来道されたとのこと。青森からのピンチヒッター参加の岩澤らんも加わっての楽しい会であった。
コースメニューながら、満足のいく内容であった。
やはり、函館の夏はイカである。夏イカの定番はスルメイカであろう。透き通った身に、コリコリした食感と甘みのある味わいがなんともたまらない。
私の子どもの頃は、イカ売りのおばさんがリヤカーを引きながら早朝より「いが~いが~」という独特のよびかけをしながら売って歩いており、粋の良いイカを毎朝のように食べていたものである。
ちなみに私の一番好きな食べ方は、大根おろしとともに熱々のご飯で食べることである。(これを打っている段階であの味を思い出してしまう(^_^;)

翌日が本番なので、深酒をせずにスゴスゴとホテルへ引き下がる。当日の懇親会ならば、当然のごとく二次会三次会と飲んだくれるところだが、さすがに講師で講座を2本もっている状態ならそうはいかないものである。(^_^;)

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