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2019年7月

2019年7月14日 (日)

『自由思考』(中村文則;河出書房新社)を読む

いろいろな雑誌、文芸誌に寄稿された随筆である。面白い。面白いのだが、どこか馴染みのある筆致に「誰に似ているのだろう?」と思案したら気づいた。

椎名誠である。

気づいてから読み進めると、椎名が別のペンネームで書いているんじゃないかと思ったくらいである。(^o^)ネタの着想と調理されたものを味わわせる筋の展開といい、昭和軽薄体が平成若者体に変えただけじゃねぇの?!と思い違うほどの感じである。とはいえ、1944年生まれが1977年生まれに姿を変えられるわけがなく、親子ほどの年齢差が輪廻で蘇ってきたものか・・と感じるほどである。

御託はともかく面白いので、AIがもうちっと進んで「中村~椎名 変換」でリターンキーを叩いたら、椎名誠の新刊くらいの感じで読めるようになるかもしれない。その逆も可能となるわけで、どちらにしてもオモロイ作家を発見できたのが、本日の収穫ということでありました。(^o^)

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2019年7月 5日 (金)

20190705 圧巻の『大瀧詠一 Writing & Talking』(白夜書房)を読む

Img_9667 通勤途中に北海道立図書館がある。主に学術書か専門書を必要に迫られて閲覧・貸出で来館してきた。必要に迫られてから行くので、これまでは休日か休みをとって行っていたか、時には岩見沢図書館経由のリファレンスで利用していたのだが、今では帰宅途中に気軽に立ち寄る境遇となり、ちょこちょこ寄っている。これまでは、決まった配架場所、それも開架閲覧室のみの部分利用が主だったのに、時間があるものだから、ついフラフラと行ったことのない配架の通路に踏み込むことがある。意外にかっちりとした書籍ばかりでなく、彩豊な書物を置いているものだな・・と感じていたところに出合ったのが、この一冊というわけである。赤地に白抜きで「大瀧詠一」とあるものだから、迷わず手に取る。(^o^)900頁を超える量なので厚さがハードカバーで5.5cmとなる。圧巻。本体価格も堂々の4,500円。低給与の身分となったので、これまた迷わず貸出を得る。

ボリュームが相当あるので拾い読みとなるも、冒頭部分のインタビューによる年代記だけは通し読みである。「ミュージック・ステディ」1984.4~8月号(ステディ出版)の全5回に渡る取材記事がもととなっている。中身は1948年~の始まりで、途中より私の誕生年(=1958年)がかぶってくるので、当時の回想と時代背景を重ね合わせての読み進めとなるので、余計親近感が湧くという感じである。

 

詳細は本書を手にとってお読みいただくこととして、私の回想や感想などを綴ることにする。

 

大瀧詠一といえば、はっぴいえんど~となるのだが、達郎マニア(というほどでもないけどね)の私にとっては、山下達郎や関係者との絡みにふれる部分が興味深いものがある。達郎さんとなれば、当然シュガーベイブとなるのだが、大瀧氏との出合いが(19)73年夏とのこと。私は中3。大学生(たしか3年か)の頃に日立マクセルのカセットテープCMにRide on TimeをCM曲&本人自らのご登場でシティ・ポップの旗手(まぁ、あまりこの表現は好きではないだけど)から大ブレイクして現在に至るわけだ。クリスマス・イブがスタンダードとなるや「山下達郎」は冬の季語にまでなってしまう。(^o^)

この間、1976.3.31の荻窪ロフトにてシュガーベイブのラストコンサートをもってソロとなるわけだが、この時が私は高3であった。愛知のセンチ、東京のシュガーという年代なわけですね。

 

毎週日曜の午後2時からは「サンデーソングブック」を拝聴しているのだけど、大瀧氏が存命中の正月はゲスト出演が恒例であった。一時、萩原健太も交えての鼎談放送があったが、どうにも絡みの悪い内容だったと記憶している。やはり達郎氏との音楽談義が面白かった。中でも妙に引っかかっていたのが、クレイジーキャッツや植木等がやたらと出てきたところだ。読んでみてよ~く分かった。(^o^)

 

” 「五月雨」はベースのフレーズから考えた。ドラムとベースっていうのは、やっぱり一緒にやんないとビートが出ないので・・・ ”の下りは、達郎氏が青山純を見つけてきたときに、伊藤広規ももれなくついてきた時のようなもので、面白く拝読。このことは「ベース・マガジン」2019.6月号を参照下さい。

 

いやはや、よもやこのような書物と道立図書館で出合えるとは思わなかったね。(^o^)ますます来館頻度が増すことになるだろうことを暗示する出来事だった。

 

あ、東芝のミキシング・エンジニアの吉田保さんって、吉田美奈子の兄さんだったのね。知らなかった~。(^o^)

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2019年7月 2日 (火)

フルタイムとハーフタイムの経時感覚 20190702

2019年の折返しを過ぎ、本日は半夏生(はんげしょう)である。

※wikipedia>>七十二候1つ「半夏生」(はんげしょうず)から作られた暦日で、かつては夏至から数えて11日目としていたが[2]、現在では天球上の黄経100度の点を太陽が通過する日となっている。毎年72頃にあたる。この頃に降る雨を「半夏雨」(はんげあめ)と言い、大雨になることが多い。地域によっては「半夏水」(はんげみず)とも言う。)

説明にある通り、九州では大雨で避難勧告が発令されているところもあり、無事を祈るばかりである。

さて、今年の前半は1~3月までがフルタイム勤務で、3月31日をもって定年退職し4月1日より再任用ハーフとしての勤務が始まった。4月よりの3ヶ月がハーフ勤務である。

これまでは、職場には6:30前に到着し、退校が20:30近くになることも多く、概ね14時間勤務の生活であった。通勤時間を前後に1時間ほど加えると在宅時間が8時間ほどで、長時間勤務が当たり前の生活が長かった。現在では、8:15までには出勤し、13:30には帰宅している生活状況だ。当然、自由時間が長くなったのだが、単純に自由時間が増えたというだけでなく、圧倒的に時間の経過がゆっくりとなった実感を伴っている。

 

岩見沢在住28年となり、函館生まれ函館育ちで大学卒業までの22年間と比較しても在岩見沢時間が長い。しかし、実感としては在函館時間の方が長く感じられるのだ。この体感の違いは何なのか?犬の散歩の折に考えてみた。そして、以下の結論に至った。

 

<< 目的的な生活状況では経時速度が速く、気ままな状況下では逆に遅い。 >>

 

もちろん物理的な時間に変化が生じるわけではないので、あくまでも体感時間でのことである。

考えてみると、函館以降が社会人としての時間となるわけで、常に何らかの拘束(勤務時間であったり、社会活動時間であったり様々ある)の下にあったわけで、印象としては「追われている」意識が強かったと感じている。

反して、函館では学生までの気ままな時間を過ごしていたわけだから、全てが自己管理下に時間が置かれていたわけだ。中学~大学までは定期テストや試験が節目節目に存在していたのだが、社会的な責任を追っている生活状況と比較すれば気楽なものである。(と、社会人になってから思ったことである<笑>)

 

生物固有の寿命を引き合いにして、一生を送る経時速度を示すことがある。例えば、犬の1年は人間の7年(ドッグイヤー)、ハツカネズミの由来にもなっているネズミなんぞはもっと速く進むわけだ。人間が人生100年時代となった現在でも、ゾウガメの方がもっと寿命は長い。植物に目を移せば、一年草から多年草~縄文杉のような数百年の樹木はザラである。

 

置かれた環境下によって経時速度の感覚に変化が生じることから、このことを逆にとらえると、残り人生をどのような環境下におき、かつ、目的(目標)をどのように設定するかによって、手にする時計の針速度が変わるのだということである。

 

男の場合、健康年齢が72歳だそうだから、今後の12年を見据えて人生設計をしてみるのも意義あることかもしれない。

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